アキアカネ
落合朱美

ねぇ見て 不思議よね
こんなにちっちゃいのに
ちゃんと爪もあるのよ と
満ち足りた母親の顔で彼女は
小さなこぶしをを開いて見せる

アキアカネが飛び交う夕暮れに
生まれたから 茜
はい、と手渡されて
新しい命の重みをたしかめる

まだ目も開いていないのに表情は
心なしかあの人にもう似ている
とつぶやくと
あたりまえよ父娘なんだもの と
屈託のない笑顔が返ってくる
彼女はなにも気付いていない


そうね、茜
産まれたばかりなのにもう貴女は
目も鼻も口も手足もちゃんとして
人の形を完成している
そして貴女もやっぱり女
貴女の中には子宮もちゃんと
いつか命を継ぐために用意されている

もしも運命が少しだけ横を向いてくれたなら
私の中で育ったかもしれない命
でもそれは貴女ではなかったかもしれない
もしかしたら生まれてこなかったかもしれない貴女
けれど今は間違いなく彼女が貴女を抱いている
それが現実


幸せな棲家からの帰り道
歩道橋の真ん中で突然歩けなくなる

満たされたことのない子宮が
継ぐことのできなかったあの人の命を
思い出しては疼いている
空っぽの子宮が
彼女と茜の姿を思い出して蠢いている

なにかとてつもない感情が
嘔吐するみたいにこみあげて
うずくまる私は
倒れることも再び歩き出すことも
できないまま


夕暮れの空にアキアカネが舞っている






自由詩 アキアカネ Copyright 落合朱美 2005-09-17 15:19:38縦
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