小箱
千波 一也
おかえりなさい、が あったのだよ
ひらけば其処に
おかえりなさい、が あったのだよ
そとから帰って
よごれた手も洗わずに
とってもとっても
温かかったのだよ
このごろは少し、
ふたがキシキシと音を立てていたね
器用ではなくとも
少しくらい 触れておけば良かった
夜のボタン、のかけらが この手にひとつ
あるような気がするよ
夜風に震える指先なんかでは
とてもじゃないけれど上手くは掛けられないよ
宙に伸ばしたこの腕は
帰る先を一つ、うしなってしまった
だろうか ね
おかえりなさい、が あったのだよ
ひらけば其処に
おかえりなさい、が あったのだよ
途切れ途切れ、のオルゴールのね
音符があまりに自由なのだ よ
聞こえるだろうか、ね
聞いてほしいんだ、よ
おかえりなさい、は あるのだよ
もらったそのままのかたちで
此処に
おかえりなさい、は あるのだよ
これは 眠りでしょう きっと
つかのまの
わるい夢なのでしょう きっと
だってこんなに温かいのだもの
木のぬくもりが
木のぬくもりが
離れないのだもの
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【親愛なる者へ】