ゆきの花
たちばなまこと

夏が終わるね
少年が
風鈴の音を撒きながら走り抜けた
この胸元ではまだ 汗のビーズが貼り付いていて
蝉しぐれが落ちてくる 私たちの地上では
色付きの花々が 太陽を仰いでいるけれど
ゆきの花が見あたらない
匂い立つ秋が来ても
乾いた冬が来ても
ゆきの花は咲かない


十代の目眩の間では
空白の夢見に怯えたままの 午前五時台の夜明け
夢の地平線 水晶体がとらえた地平線
ハレーションを起こす一点 ゆきの花野
両手に包んだ花頭から シャボンになったゆきの呼吸
透明の集合体は やがて乱反射の白となり
どの色にも染まる


初めての夏が私を 手招かず追いやりもしないように
普遍になりつつある朝にも 一点はある
午前5時台の蝉しぐれ
上がらない血圧を ひきずって胸を開け放てば
ゆきの花野が広がっていて
私は静かに寝ころんで
果てのない空の向こうを目指す 命の終わりを見届ける
透明をかたどる明暗が 時々見え隠れするだけの
例えばバルコニーに落ちた蝉の 終わり
私は曖昧な目覚めの中で
ゆきの花のメタルフォンのような吐息を
つむいで
小指に結わえて


自由詩 ゆきの花 Copyright たちばなまこと 2005-08-29 09:12:42
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