The grasshoppers in the rain
佐々宝砂

ぼくの名前はシニ、
でも名前なんてそんなに重要なことじゃない。

その日は朝からひどい土砂降りで、
ときどき雷も鳴っていたから、
サニはとびっきり不機嫌だった。
こんな悪い日にはきっと、
金髪のミアは寝たきりで目を覚まさない。
それでもぼくたちは薬草を摘んで出かけた、
ノックすると粗末なドアが開いて、
赤毛のアミがいきなり「ありがとう」と言った。

いつものように薬草のお礼は果物。
今日は溶けそうにやわらかないちじく。

談笑するふたりを残してぼくはひとり抜け出す、
掴みとったいちじくの皮が破れてぼくの手を汚す、
アミ、このいちじくはあんまりかよわいよ、
あんまり甘すぎるよ、アミ、
あんな目でサニを見ないでほしい。

サニはサニでミアを見ている。
そしてミアの盲いた目は、
誰も見ない。
きっと。

それにしてもひどい雨だ。

どこに行くべきか思いつかないぼくは草原を走る、
ぼくはサニみたいにたくましくない、
アミみたいに背が高くない、
ミアみたいに未来を見られるわけでもない、
ぼくは、ぼくは、ぼくは、

空が光った。
視界が白熱した。

落雷という言葉を思いだしたのは、
目覚めてからだ、
ぼくはつめたい膝に頭を乗せていた、
ぼくはお礼も言わずに飛び起きた、
つめたい膝の持ち主は、
白い髪に赤い目、
ぐっしょり濡れた服から透ける胸は、
ぼくと同じようにたいらだった。

あいつの名前はカイ、
でも名前なんてそんなに重要なことじゃない。




初出 蘭の会2005.8月例詩集
「カイとわたしの物語」の前日譚連作「カイとぼくらの物語」より



自由詩 The grasshoppers in the rain Copyright 佐々宝砂 2005-08-16 13:22:13
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