幻想の王国 あるいは 詩権神授説
佐々宝砂

1.白馬の王子(わたしの巻き毛のリケ)

颯爽と白馬に乗って駆けてくる
巻き毛の王子は
ぶざまな小男でやぶにらみ
しかし王子がパチン!と指を鳴らせば

王子の姿は誰よりうるわしく輝く
姫君は満面の笑みを浮かべて
美しい王子を出迎え
王子は美姫を得た幸福にとろけるだろう

さて 王子を待ちながら姫君は杖をひとふり
姫君の青ざめたあばた面は
たちまち傾城の美貌に早変わり

さよう そこは幻想の王国
さりとてそこに愛がないわけではなく
白馬の王子はそれなりに立派な男なのである



2.詩は血で書くものじゃないけれど

あたしは誰も殺したくない、自分のほかは。
あたしはナイフを投げあげる、
おちてきたナイフのやいばをつかめば、
したたる血、てのひらに鼓動、それから痛み。

あたしは痛みに酔う。
大地はあたしの血を飲んで酔う。
酔えるうちは酔うがいい、
貪欲な、痩せた赤土よ。

酔いに澱んだ目をみひらいて、
あなたはあたしの血を見ている。
ほしいの? ほしいのならあげる。
もちろん無料(ただ)で。

だって、常に酔っていなければならない、と
あたしの愛する詩人が言ったわ。



3.私の青空

私の青空はどうやら特別製で
やたらに重いのである
それは昼も夜も容赦なく
私の頭にのしかかってくる

鎮痛剤は必需品だ
青空なんてばかでかいものを
頭に乗せているんだから
偏頭痛も当然なのだ

だけど青空はやはり青空で
晴れやかで瑕一つなく澄んで
そこには一羽の大鳥が飛んでいて

でも私の青空はアホらしいほど重い
たまには誰かに預けたいと思うのだが
今のところ誰もうんと言ってくれない



4.鳥の亡骸

鳥が歌をうたうとしたら
それは
鳥の詩的な内圧が
鳥の皮膚を破ったから

鳥が飛んでゆくとしたら
それは
鳥の詩的な重量に
大地が耐えかねたから

鳥が死んでしまうとしたら
それは
鳥の詩的な毒素が
鳥自身をも蝕んだから

鳥の亡骸はごく軽い
大地はそれをとどめておけない



5.病める天空

空を飛んでいるあの怪物はフェニックス?
血みどろの男を咥えたハーピイ?
それとも蝙蝠に変身した吸血鬼?
いいえ、どれも違うわ。

病める天空に、
病院のシーツよりも白く清潔な翼広げて、
排泄物を垂れ流しながら飛んでいる、
あれは詩人よ、詩人なのよ。

あいつらは呪われてしかるべきよ、
病める天空の毒を集めて、
地上にまき散らすんだから。

ね、あいつらを駆逐したら、
血を流しながら手に手をとって、
病める天空を飛んでゆこうよ。



6.詩権神授説

洞窟に囚われ 綺羅を剥奪され
お兄さまはもはや皇子を名乗りませぬ
片頬だけで微笑み
わたくしにお訊ねになります

妹よ 父は炙られ脂をしたたらせている
母は切り裂かれ犬に食われている
なのに おまえはまだ皇女を名乗るのか
おまえはまだ王権神授説を信じているのか

ええ お兄さま わたくしは確信しております
神は王に王冠をお授けになりました
王は裸で 王冠は茨でできてはいますが

そして 黄ばんだ花嫁衣装を着て
みにくく痩せて老いさらばえた
わたくしは常に美貌の皇女です








自由詩 幻想の王国 あるいは 詩権神授説 Copyright 佐々宝砂 2005-08-16 10:51:56
notebook Home 戻る  過去 未来