森の風景
嘉野千尋

  
  わたしの中に森が生まれたとき
  その枝は音もなく広げられた
  指先から胸へと続く水脈に
  細く流れてゆく愛と
  時おり流れを乱す悲しみ



  わたしを立ち止まらせるものを、
  そしてわたしを困惑させるものを
  あなたは躊躇わずに愛と呼んだ
  愛のために闘った日々があり
  愛のために別れを告げた朝があった
  そして握り締めた掌に残された、
  わずかな、わずかな


  
  わたしの中に森が生まれたとき
  その果実は実るべくして実った
  枝先に実ることだけを良しとし
  何者にも奪うことを許さなかった
  


  わたしは真夜中にそっとその実に歯を立てる
  あなたは微笑みながら樹の下で
  わたしが果実を投げ与える瞬間を待っている
  あるいは偶然落としてしまうことを
  そしてあなたは躊躇うことなく繰り返すだろう
  それは愛なのだと、これは愛なのだと




自由詩 森の風景 Copyright 嘉野千尋 2005-08-12 19:05:37
notebook Home 戻る  過去 未来