走り抜ける
チアーヌ

呼ばれていく
わたしの行く場所は
今はもうない
小さな平屋の家
家々の裏をすり抜けるように駆け抜け
小さなコンクリートの階段を上がると
カラカラと音がするサッシの引き戸
薄いガラスが嵌め込まれて
あけるとそこには小さな玄関
お友達の靴がたくさん散らばって
わたしも靴を脱ぎ上がる
板張りの廊下
玄関に入ってすぐ右側に
子供部屋
お友達がたくさんいる
色の黒い坊主頭のお兄ちゃん
赤いスカートを穿いたお姉ちゃん
それからまだ小さい妹も
お母さんの顔は覚えていない
首から上がどんな感じだったか
夕餉の煮物の匂いがどこからか漂って
遊んでいるうちに日が傾いていく
二段ベッドがうらやましかった
狭い
狭い楽園
子供部屋を出て
隣の部屋を覗くと
中くらいの大きさのテレビや
茶箪笥や
座椅子が置いてある
普通の茶の間
微かに大人の匂い
よその家の大人の匂い
すっかり暗くなった外を見て
急に不安になる
もう帰らなくちゃ
玄関で靴を履いて
引き戸を開けて外に出る
夕暮れの風が頬に涼しく
わたしは走り出す
家々の裏を通る
道路なんか走らない
いろんな家の台所の匂い微かに風に紛れている
猫のように
犬のように
走り抜ける
お友達の家は
今はもうない
そこには
大きな看板が
立っている


自由詩 走り抜ける Copyright チアーヌ 2005-08-03 22:29:03
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