記憶の断片小説続編・ロードムービー「卒業」
虹村 凌

第六ニューロン「小田急線」
 
 散々前戯だけして、本番もしねぇで言うのもなんだが、
舞子に口づけた俺に、恐いモノは殆ど無い。
俺と舞子は新宿に向かう。その間、俺の手はずっと舞子の髪に触れていた。
別れ際に、頬だか額にキスをした記憶がある。
馬鹿みたいに単純に、気が大きくなるモノだと思う。
その後、何喰わぬ顔をして、俺は剣道部の飲み会に参加していたのである。
汚れた舌だな。俺は愛を囁いた舌で、友達に馬鹿を叫ぶんだぜ。

 これと前後して、俺は舞子のホームページにも出入りする。
そこで、とある女子中学生とメール交換をするようになる。
名前を大竹 侑子と言う。岐阜に住んでいる女の子だった。
最初は、ただ単にメル友で済む筈だったのに、
お互いに訳のわからぬ幻想を抱いてしまった…と言う状態になる。

 俺は、舞子がある程度俺に興味を持っているのを知っている。
気を惹きたい。だから、俺は舞子の前では、侑子が好きだと言った。
侑子にも好きだって言った。その口で、俺は舞子に愛を囁く。
最低だね。俺は舞子さえ手に入れば、侑子なんて…と思っていた。
 俺が美大受験に失敗したと侑子に報告した時、
いきなり彼女から電話があったのを覚えている。優しかったね。
ありがとう。ありがとう。ありがとう。
 侑子は、ただ優しかった。
そして恋に恋して、俺がそこにいただけだった。
俺じゃなくてもよかったんだろうけど、俺がそこにいただけだよ。
わかってるって。ありがとう。

 そんなこんなで俺は板挟みだった。阿呆だな。
ただ嫉妬して欲しかった。舞子に嫉妬して欲しかった。
俺は何度か舞子とデートをする。
セックスもしない、ただ二人して町を歩いては何か喰ったり何か飲んだり。
たまに俺が煙草吸ったり、キスしたり。
祖師谷大蔵のたこ焼屋、マンションの隙間の公園、家の近くにあった公園、
キスを繰り返す。キスを繰り返す。

何時か舞子が俺に言った事がある。
「キス上手いのね。何で?」
俺は言った。
「わからないよ」
舞子は微笑んで言う。
「うそ。知ってるでしょ?」
俺は答えた。
「親父がキス魔だったらしいけど。遺伝かな」

 ある日、もう梅雨だったろうか。
俺達はいつものように、成城学園駅前で待ち合わせていた。
(もしかしたら、祖師谷大蔵かもしれない)
そこから仙川に向かって歩いて、仙川から多摩川を目指す。
よく歩く散歩コース。
今日は、多摩川まで。
春にここに来た時には、彼女の膣に触れている。
確かに、、アップルパイに指を突っ込んだような感触だった。
ぬるぬるしてて、気持ちよかった。
それも雨の日だった。夜桜がキレイだった。

 ともかく、俺達は雨の中を多摩川まで歩く事にした。
往路は何事も無く過ごしていたよ。
彼女が、キャラメルポップコーンを作って持ってきてくれた。
煙草を吸った。二人で雨に濡れてた。キス…したっけ。
覚えてない。したと思う。
雨の中を、2ちゃんねるとか色んな話をしながら、多摩川へ向かう。

雨の日の多摩川は灰色で、橋の下で寄り添った。
キスをした。

帰らなきゃ。

昼と夜で向きが変わる大仏を通って、成城に向かう。
二人で過ごす時間は限られている。残念だよね。
 彼女の手が、俺の後頭部に伸びて、髪を撫でていた。
雨に濡れた髪を、彼女の手が優しく、何度も、何度も上下する。

 ぷつん

 と何かが切れた。俺の中で、またも理性と言うモノが決壊する。
俺が傘を投げ捨て、舞子を抱き寄せた。チカラ強く。
(まるで映画のワンシーンだった。遠くから街頭が俺たちを照らす。)
首に、耳に、鎖骨に、口づけて。
彼女がガクガクと揺れる。震えるんじゃない、ガクガクと揺れていた。
何度も囁く。
「愛してる。舞子、愛してるよ。」

 その時、俺の携帯が鳴る。
俺の時間はもう終わりだ。帰らなきゃ。
でも、舞子を放したくない。放したくない。放さない。
俺の欲望が立ち上がる。恥ずかしくなって、腰を引いたら、
舞子がクスクス笑って、耳元で囁いた。
「可愛い」
恥ずかしくなって、俺はもっと強く彼女を抱きしめた。
キスしたのか覚えていない。したんだと思う。
しなかったはずが無い。
何もかもが消えていいと思ってた。

 その後、俺には記憶が無い。
どうやって家に帰ったのか、家にかえってどうしたのか。
別れ際に、いきなりキスしたのを覚えてる気がする。
記憶が欠落している部分が多い。
次の日には、俺は実家にいたのを覚えている。
卒業してからと言うモノ、俺が東京にいる理由は少ない。
だから、病院に行く都合を合わせて、彼女と会う時間を作っていた。


散文(批評随筆小説等) 記憶の断片小説続編・ロードムービー「卒業」 Copyright 虹村 凌 2005-07-21 21:51:12
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