記憶の断片小説続編・ロードムービー「卒業」
虹村 凌

第五ニューロン 「史上最悪のクソったれ」

 どうも、時間の感覚が思い出せない。
いつ頃、何が、どの順番で発生したのか。
それらひとつひとつは思い出せても、全体の順番がわからない。
言い換えれば、俺ってヤツは、そのひとつひとつに必死だった訳で、
全体を見通せていなかったから、今生きてるんだし、
その愛っつーのは破れた訳だ。納得。

 ともかく、俺は内心、嘉人に勝利した気でいた。
相変わらず、俺は学校で嘉人と軽口叩きながらじゃれている。
懐には、ナイフのようなモノをちらつかせる事も無く、それは無邪気に。
 
 舞子の話になった時、俺はこんな事を言った。
「てめぇ、あんなイイ女を手放すんじゃねぇぞ。手放したらブっ飛ばす」
後から見たら、これほど馬鹿げた発言は無いだろう。
その火種を自ら作り、自ら煽って、大火事にしてしまったのだから。
俺はしばらくこんな事を言っていた。
舞子に愛を囁いた舌で、俺は嘉人に「手放すな」と言う。
何を考えていたのだろう。
俺の僅かな良心が、その友人の女に手を出す…と言う行為を否定したのだろうか?
違うだろう。
俺は嘉人を嘲笑っていたんだろう。
セックスの最中に、お前の女は俺の事を考えているんだぜ?って。

 俺と舞子の仲が急発展したのは、俺達が高校を卒業してからだったと思う。
その頃の俺は、すっかり舞子を狂信していて、誰の言う事も聞いてなかった。
舞子さえ良ければ、俺は世界なんてどうでもよかった。
どの国が滅びようと、どの惑星が破滅しようと、誰が死のうと、苦しもうと。
俺には誰の言葉も、忠告も届かなかった。俺は壊れていた。
舞子の為になら人だって殺せたと思う。実際に、嘉人の母親を殺そうとした事がある。
 兎に角、俺は壊れていた。そして壊れたまま卒業した。
何からの卒業か、何からの解放か、俺にはわからない。
もはや学校など、どうと言う存在じゃない。灰色の箱でも何でも無い。
俺は、真っ暗い闇の中に射した光のみを信じた。
それ以外は何も信じてなかった。
俺の、6年間連れ添った友でさえも。

 奇しくも、俺はこの時期に、10年間つるんだダチに裏切られた。
俺を売って、俺をネタにして、影で俺をコケにしやがった。
陰口言われるのは慣れている。嘲笑われるのも慣れている。
だが、10年以上もこうされていたかと思うと、腹が立つ。
真偽か定かじゃない、ってのは確かだ。
中島って野郎から又聞きしただけだからな。
ただ、俺は確実にそのクソ野郎を信じてなかったし、クソ以下だと思ってた。
そいつの創る作品など、20年間たまりに溜まったチンカス以下だと思ってる。
 ファッキンアスホール。でも俺も変わらないな。
俺は嘉人を裏切った。俺を信じてくれてたのにね。
嘉人が舞子を俺に預けた真意はわからない。
ただ、彼の周りには適任者が俺しかいなかっただけだ。
彼もそう言っている。確かに誠実だったかも知れない。

 こうこうを卒業してしばらくたった。
俺が舞子と会うのは何回目か、正確な数は知らない。
確か昼過ぎだったか、待ち合わせをした。
うっすらと冬の寒さが残る空を、春の太陽が照らしているような、時期だった。
駅前の商店街を散々散歩して、たこ焼き喰ったりして、遊んでた。
俺はその日、舞子を俺の部屋に連れ込むつもりでいた。
だが、祖母と俺が住んでいたその部屋に、たまたま母と妹が来ていたのだ。
母は祖母と出かけたが、妹はまだ家にいる。
妹自身も何か用事があるようだったが、時間があるようで、俺は妹を急かした。
…その結果、俺は舞子を連れて歩いている処に、妹と遭遇した。
はぁ…。

 どうにかこうにか舞子を部屋に連れ込む。
しかし、以前彼女は嘉人の女だ。犯す訳にはいかない。
だからと言って、俺は俺の欲望を抑えられる程大人じゃない。
最初は、軽いSMごっこで遊んでいた。…オモチャの手錠を使って。
ちなみにその手錠、現在舞子に貸したまま返ってこず終いだ。
彼らが使っているのだろうか?はっはっは。

 最初は俺が手錠をされて、遊んでいた。流石Mなだけあって、俺はノリノリだ。
耳を噛まれたり命令されたりまさぐられたりして、最高に「ハイ」なひとときを過ごす。
ちなみに、息子はいじられてない。この時点では。
さぁ、舞子が手錠をされる番だ。
俺は彼女を後ろ手に手錠で縛り、目隠しをする。
今でも鮮明に覚えている、その瞬間の記憶。
俺は彼女を脱がして、制止も聞かずにブラジャーを外した。
背中に口づけて、首筋に向かってキスを繰り返して、前に回り込んで、
肩、鎖骨、首筋、耳、頬、鼻。
この瞬間、俺の中で何かが切れる。大切な何かが切れたんである。
舞子の唇を貪るように奪った。3文エロ小説さながらだ。
びっくりした事に、先に舌を入れて来たのは彼女の方だ。
俺も懸命に応戦する。舌先の攻防戦。俺は無我夢中だった。

 何処までいったのか。乳繰りあってたのか定かじゃない。
記憶が飛んでる。ただ、JACK−OFFはしなかったようだ。
そこまでした記憶は無い。彼女の柔らかい乳房に抱かれて眠った記憶はある。
とても安らかな一瞬だった。一瞬だったけど。
 俺の「初めてのキスだ」との告白に、舞子は驚いていた。
「嘘でしょう?」
「そんなしょーもねぇ嘘つくかよ。」
上手かったらしい。正確に言えば、唇が柔らかかった為、余計にそう思ったそうだ。

 俺の中の倫理なんてクソ以下だ。
欲しいモンは欲しい。奪うか盗むか。
俺が、自分の部屋のベッドで、欲望に負けて負けて、
友達のオンナに口づけていた丁度同じ頃、
地球の裏側は、涙さえ枯れている、戦場の空。
 俺には世界がどうなろうと知った事じゃない。
戦争だってやりゃいいし、死にたいヤツは死ねばいい。
俺には何処かの核爆弾より、目の前の舞子の方が大問題だった。
誰かの歌詞にあったな。

世界なんて、平和なんて、人類なんて、戦争なんて、
裏切りなんて、日常なんて、全て、全て。
無くなったって構わない。
俺には舞子さえいればよかった。
俺は俺の倫理すら守れずに、誰を守る気だったのか。

 俺の部屋を出て、彼女を駅まで送る時、手を繋ごうとして言われた。
「駄目。手だけは駄目。手を許しちゃったら、全部許しちゃいそうだから。」
確か、こんな事を言われた記憶がある。
俺にはよくわからなかった。これが女心なんだろうか。わからねぇ。

 空はまだ、青い時間だった。
俺は、彼女に、狂っていた。


散文(批評随筆小説等) 記憶の断片小説続編・ロードムービー「卒業」 Copyright 虹村 凌 2005-07-14 19:53:16
notebook Home 戻る  過去 未来
この文書は以下の文書グループに登録されています。
自由人の狂想曲
記憶の断片小説・ロードムービー「卒業」