記憶の断片小説続編・ロードムービー「卒業」
虹村 凌

第二ニューロン「吉祥天」

 庵のアートスペースを出て、時間つぶしの為に、三鷹駅前のドトールに入った。
たった100mも歩かないうちに、俺は汗だくになっていたのだが、
庵は汗を一滴もかいていない。嘉人は鼻ッ先に汗をかいていた。
冷たいアイスコーヒーを一気に流し込み、ブラックストーンに火を点けた。

 適当に茶を飲むと、店を出て吉祥寺に向かう。
嘉人の彼女は、まだ時間がかかるらしい。俺たちはゲーセンで時間を潰していた。
どうでもいい話だが、俺はゲームが下手だ。下手だが好きだ。下手の横好き。
嘉人は上手い。ゲーム大会で優勝する程じゃないが、仲間内じゃ強い方だ。
大きな画面で、銭形のとっつぁんが叫んでいた。


 嘉人の彼女を初めてみた。以前、彼が似顔絵を描いた事があるが…似てなかった。
別に嘉人の絵が下手なんじゃない、美化し過ぎていただけだ。
嘉人は漫画書きで、年中色んな漫画を書いている。いるよなこういうヤツ、何処にでも。
彼女の名前は、明村 舞子と言う。舞子、と言う名をこの時初めて知る事になる。
正確には、本名を知ったと言う事になると思う。愛称だけは聞いていた。
彼女が来た途端、嘉人は舞子にべったりで、俺は庵と並んで歩いてるしかない。

 喫茶店の二階席で、4人して茶を飲む事になった。
舞子の対面に嘉人、その隣に庵、庵の対面は俺、と言う座り方になった。
つまり、舞子が俺の隣にいるって事になる。何故かドキドキしていた。

 無理も無いだろう、中学からの男子校暮らしで、5年もまともに女の子を知らない。
妹がいるが4歳も年下で、同い年の女の子を知らない。
俺にはむしろ、異星人の様に思えた。その存在自体が意味不明だ。

 話がそれた。
俺は今でも、うっすらと舞子のその日の格好を覚えている。
色んな国旗のプリントが入った眺めのスカート、緑色のニットチョッキ。
その瞬間から、俺は舞子を意識していた。笑かしてやろうと思った。
彼女の家庭に、なんらかの問題があるらしい事も知った。
俺に、何が出来るだろう。この瞬間だけでも、楽しめりゃいいと思い、
ずっと笑かしてやろうと必死だった。その為には、嘉人がどうなろうと構わなかった。


 庵が言った。
「うん。でも、気をつけてね」
俺が「舞子って、可愛いな」と言った事に対してである。
彼はいち早く見抜き、俺に忠告してくれた。
しかし、俺がこの言葉の意味をしるのは、全てが終わってからだった。
情けない。情けない。情けない。





第三ニューロン「BAD TRIP」

 その頃俺は、憂治 想人と言う名前で活動していた。
ノート何冊かに詩を書いては、嘉人や庵に見せていのだ。
ある日、俺は意を決して、嘉人に言った。
「舞子にも、読んで貰えないかな」
嘉人は笑ってOKしてくれた。この時、俺は心から笑っていたのだろうか。
嘉人、俺の笑顔に曇りはあったのだろうか?

 彼女は、俺のノートに立派な感想文を書いてよこしてくれた。
それから幾度か、嘉人を通して、俺と彼女の間をノートが行き来する日が始まった。
舞子の言っていた事を本当だと信じるかはともかく、
舞子は俺に興味があったようだ。皮膚炎で泣き叫ぶ俺に、である。
俺の散文詩に対して執拗に調べ回り、俺が忘れかけていた事さえ、
彼女は調べ上げ、感想に書いて寄越したのだ。
 仲介者である嘉人は、文には疎い面がある事を舞子は知っていた。
彼女は、嘉人にはわからないように、それでも俺にはわかるように書いた。
結果、俺は加速度的に彼女に惹かれて行く事になった。
思春期に初めて知り合った女は、俺に限りなく優しかった。

 鐘が鳴り、授業の終了を迎える。世界史の教師は最後まで説明を諦めない。
俺は、嘉人と他一人の3人で、ずっと筆談をしていた。
…端から見たら、女の子みたいな事してたと思うよ。実際、女脳なんだ。
嘉人は突然にこちらを向き、こう言った。
「お前に、アイツ(舞子)のアドレスと携帯番号教えるよ」
「はぁ?」
よくわかんねぇ展開だ。だって、そうだろ、まだ一回しか会ってない。
だが、これはいい。俺が舞子に惚れてる事も知らなかったんだろうか。

 未だに、ここら辺の真相は俺には理解出来ていない。
嘉人曰く、俺以外に、舞子を預けられるような人物がいなかった…
との事だが、それは俺でも同じだと思う。そもそも、何を予期していたのか。
嘉人は、何らかの持病を持っているらしく、年中血を吐いている…
と言う話を聞いていたが、実際に見た事は無い。
保健室にいる姿は年中見ていたが…ね。

 俺はよくわからないまま、彼女の番号とアドレスを入手した。
その日、俺は名前を変える事を思いついた。理由なんてモノは無い。
ただ、友人の彼女に惚れると言う、倫理的に見て良くない事をしている俺に、
言葉によって「戒め」を与えるべく、憂治 誡とした。
彼女は、これを聞いて、笑っていたらしい。「そりゃそうだ」と。

 真夏を過ぎても、いまだ暑い日は続く。


散文(批評随筆小説等) 記憶の断片小説続編・ロードムービー「卒業」 Copyright 虹村 凌 2005-07-08 11:23:21
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