偏食
落合朱美

私の獏は夢を食べない

捨て獏だったからかしら
母乳で育たなかったからかしら
理由はわからないのだけど
とにかく夢をさし出しても
ふんっと顔を背けてしまうから

長い長い格闘の結果
私はすっかり疲れ果てて
獏も飢え死に寸前になった頃
やっとわかった

獏はどうやら「秘密」が好きらしい

私はそれから獏と向き合って
えんえんと自分の秘密を語った
私はスッキリしたわけだし
獏もお腹がいっぱいになったのだけど

人の秘密なんて
そんなにたくさんあるわけじゃない
私のささやかな秘密はすぐに底をつき
育ち盛りの獏はまたお腹をすかして
苛立っている

仕方がないので私は
イイヒト になりすまし
秘密を集めることにした

イイヒト の私には
毎日たくさんの人が
秘密を打ち明けて来る 

夜になると私は獏と向き合って
集めてきた秘密をぶちまける
獏はどうやらいけない恋の秘密が
とくに大好物みたいで
眼をまんまるにみひらいて
嬉しそうに食べる食べる

獏に食べさせたあとは
私の心には秘密のカケラも残らないから
私は イイヒト であることに加えて
クチノカタイヒト でもあるので
ますますみんなは秘密を打ち明けて来る

だから私の社会生活は円満で
獏もいつも満ち足りているので
家庭生活も円満で
このところ申し分のない私なのだけど

それにしても
三十もとうに過ぎた独身女が
ワンルームマンションの片隅で
獏に秘密をあたえてる
これこそがとっておきの秘密じゃないかしら
と思うのだけど

獏はぜったいにその秘密だけは
食べようとしなくて
私もこれだけはぜったいに
獏にはあげない








自由詩 偏食 Copyright 落合朱美 2005-07-03 01:36:02
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