八月の海鳴り
嘉野千尋



八月の月で海鳴り
それでも僕らは響く波音を知っていた



  僕は今、紺碧のマーレを閉じ込めた窓辺から
  君に宛ててこの手紙を書いている


  地球ホームではちょうど西の海に日が沈んで
  八月の夜が東の空から始まろうとしている
  茜と、藍
  遷り変わる季節の姿を見つめながら
  天頂にさしかかる月の横顔を
  宵の浜辺から観測するのが僕の仕事だ


  月の浜辺で
  僕らは遠い波音を聞いていたね
  母星への憧れを胸に
  歌うことのない海を
  飽きることなくずっと眺めて
  それでも僕らは響く波音を知っていた


  君は今でもあの海の名前を覚えているだろうか
  二十二の海と、一つの大洋
  晴れの海から、静かの海へ
  君に宛てた幾つもの手紙
  嵐の大洋では、今夜も稲妻が輝いているだろう
  
  
  何故だろう
  地球の浜辺にいるのに波音が遠い
  あれほど焦がれたこの星にいながら
  僕はずっと月を見つめている
  時おり、月の浜辺で君と聞いた波音が聞える
  それは遠く近く、寄せては返す
  あの八月の、月の歌声

  



自由詩 八月の海鳴り Copyright 嘉野千尋 2005-07-02 19:37:50
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