汚れた棒縞のドレス
吉岡孝次

だけど淋しさからくる欲望は 
娘のあたしにはうけとめられるものじゃなかったんだ
           塩森恵子『ハーフ・ムーン2』



父が帰ってきた
灯下に目を凝らせば 服が
濡れている
「何でもない」 と
一言で片付け
狭い階段を上がっていった
ああ
この後ろ姿は前にも見たことが
あるのではないか
広い肩幅がべっとりと疲れ切って


(今日もまた
父は病を冒してきたのだろうか) などと
血の慣わしにも踏みしだかれた統辞法で 考える
黙っていても
構図のなかの父は いかにも文人らしい冷ややかな
狂気を噛んで
急行を一つ先で降りた駅から遠く
葉擦れの音しか聞こえない (月下の)
茂みへと 一人の女を沈めてきた孤独者だ
雲の切れ間からのぞく理性のひかりを
存分に 裏切り
それが父の欲望の起点である棒縞のドレスを
ぬかるみへと きっと献じてきたのだろう
パーティーが終わり
それからずっと付け狙っていた時の長さを
結実させるため
汚れた棒縞のドレスを
彼なりに愛し その一日の答えをきっと得たはずなのだ


靴を揃えて明りを消し
あたたかな家庭の味をかきたてようとビーズの暖簾をくぐってゆく
蛍光灯の紐を引いた直後のどこにも属さないひとときに
思った ああ
「次」は うまくタイミングを捉え
きちんと背広を脱がせてあげたい
問い質すこともできないほど聡明な
娘 として
小石で掻いた傷を手当てしてあげたい
枯れ草の切れ端を払って
でも堪え切れないように「どうやって?」 と
聞いてもみたい
私もその日一日を意義あるものとして
床につける晴れやかな夜を
持ちたいと願い


鍋を底から覗いて
コンロに 丸く火を点けた
(疲れも
とれるといい)
私の欲望は
ガスの燃える匂いにいつか
変わった


私をそのままにして



自由詩 汚れた棒縞のドレス Copyright 吉岡孝次 2005-06-24 22:00:14
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