ボクサーズ
マッドビースト


 カーテンの隙間から差し込む光のブロー
 頬を擦っていく風のブロー

 この街はリング
 真っ青なライトと
 アスファルトのマットに挟まれた
 埃っぽいリング

 午前中は誰も口を利かず
 ひたすらに汗を流すシャドウ
 豆腐屋で大豆を濾すモーション
 タクシーのハンドルを切るモーション
 机に向かいページをめくるモーション
 笑顔を作りお辞儀をするモーション
 一つ一つの技を繰り返す繰り返す静かに繰り返し
 壁掛けの鏡やショウウィンドウにうっすら浮かんだ自分と目が合えば
 またファイティングポーズをとる
 両方の拳を硬く握り構える
 顎は常に引いておく顔を上げる必要はないんだ
 目の前の相手さえ見ていればいいんだから
 腕を下げては駄目だガードを堅く
 体の真中の蒼白い揺らめきを打ち崩されないように
 それどころか誰にもその存在を知られないように
  
 この街には観客はいない
 誰もがリングに上がる
 あるときは打ち勝ち
 またあるときは打たれる
 ボロボロにだ
 それでも誰もこの街から離れはしない
 ロッカールームはそれぞれの心の中だ
 汗の臭いが染み込んでいる
 狭くて湿気ていて錆びたロッカーがあるだけの小さな部屋で
 打たれまくった日には泣く
 誰にも見られることはないから大声で泣くんだ
 汗と同じだけの涙を流したら
 パーカーを深くかぶって出ていく
 同じように戦って帰ってくる家族が家で待っている

 友人や家族であっても他人のファイトを見たりはしない
 自分ひとりで戦う
 セコンドも自分
 血の噴き出した傷を応急処置するのも自分
 レフェリーも自分だ
 相手のことを見たりはしない
 それでもたまにインターバルでコーナーに戻ると
 向こう側のコーナーに座ってる相手と目が合う
 大粒の汗が体中を伝って流れる
 両肩が呼吸に合わせて激しく上下する
 そいつも同じ顔をしていると気づくんだ
 
 俺は今日で9925回目のラウンド
 まだこのリングでは新入りだ
 コーナーを出ていく
 顎を引いて
 体を低く
 拳を固めて
 思い切り打つだけだ
 打たれて顔を歪めながら
 足を前に出し
 拳を振るうだけだ


 一日が終わると
 履きつぶれたスニーカーのようになって駅へ向かう 
 プラットフォームで
 返り血を浴びたように真っ赤に染まり
 夕日の中電車から降りてくるチャンピオン達とすれ違う
  


自由詩 ボクサーズ Copyright マッドビースト 2005-06-17 23:21:50
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