上司手帳
ヤギ

・前夜

良い上司になろうと決めた。
理想的な上司がするべきことは知っていたのだが、
今までの自分をある日突然変える、というのは勇気のいる事で出来ないでいたのだ。
しかし照れていても仕方がない。
決めた。明日から良い上司になる。
初めてカツラを被って出社する人の心境もこのようなものなのだろうか。

さしあたって部下を探すことにした。
何せ僕は浪人生であり、浪人生に部下はいないのだ。
そして部下がいなければ良き上司どころか悪き上司にさえなれないのだ。
周りを見渡しても部下になってくれそうなのは、人間でいうなら齢80歳位の老いた飼い犬しかいない。
お休みのところ起きてもらって頼む。

「ちょっと、明日から部下になって。」

やれやれ仕方ないなと溜息をつきまた眠る飼い犬。
彼は寛大なのだ。


・翌日

0830

出社する。出社といっても一日中家にいるわけだが、

「出社した。」

と宣言すると気の持ち方というものが違う。
オフィス(居間)に落ちていたゴミを拾った。

<上司の心得1 上司は率先して社内のゴミを拾う>


0900

定刻通り出社してきたボブに挨拶する。ボブとは彼に新しく付けた名前だ。
本名のプースケ、ではいまいちオフィス感がでない。
そこで会社ではボブと呼ばせてもらうことにした。
インターナショナルな会社なのだ。

「おはよう、ボブさん。」

<上司の心得2 上司は自分から挨拶をする>
<上司の心得3 部下を呼び捨てにしたり〜君とは呼ばず、〜さんと呼ぶ>

彼の出社の定義は僕の出社の定義と同じである。


1115

僕は大変忙しい。お昼に何を食べるのかまだ決まっていないのだ。
そんな中ボブがミスをする。
グアテマラからアボカド1000箱輸入するはずが、間違えてアボガドを1000箱輸入してしまった。
以前にも同じようなミスがあった。そのときはカピバラと間違えてカビパラを20匹も捕まえてきた。
濁点が苦手なのだ。
しかしだれにでも短所はある。ここで怒鳴り散らしたって何も解決はしない。
どれだけ重大なミスかは彼も良く分かっているだろうことは推して知るべしである。
僕はゆっくり深呼吸をしてから一つずつ笑顔で指示を出した。

<上司の心得4 上司はいつでも余裕たっぷり>


1420

ボブの様子がおかしい。部屋中を歩き回ってなにやら匂いを嗅ぎまわっている。
先ほどのミスが心に負担をかけたのかもしれない。何気なく元気づけてやらねば。
何も聞かず、取って置きの葉巻(ビーフジャーキー)を渡して声をかけた。

「なあボブ、バオバブの種が1500円で売られているそうだよ。気の長い話だよな。」

それからは少し落ち着きを取り戻したようだ。
葉巻を吸うボブをなでてやろうかと思ったが上司の心得5を思い出し止めた。

<上司の心得5 セクシャルハラスメントには十分気をつける>


1700

その後は何事もなく、今日も一日が過ぎていった。
少し早いが、疲れも溜まっているようなので今日はもう終わりにしよう。
僕は反省する。

−声をかけていない部下はいないか
いない。
−話を聞いていない部下はいないか
いない。
−褒めていない部下はいないか
ボブを褒め忘れた。
−フィードバックしていない部下はいないか
いない。

良い上司になろうと努めたが、中々満点はとれない。
どんな道も簡単に極めることはできないのだ。
そしてもうひとつ気づいたことがある。
今日一日何故か勉強が進まなかった。
大変不可解だ。おかしいおかしい。
熟考の末一つの結論を出した。

これ、今日で終わりにしよ。

<上司の心得6 上司への道は上司になってから>








*これは「上司手帳」(ディスカヴァ−・トゥエンティワン)からヒントを得て作られたものであり、
上司の心得はほとんど同書からの引用です。



散文(批評随筆小説等) 上司手帳 Copyright ヤギ 2005-06-08 17:51:24
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