瞬篇集『ディストピアの五つの欠片』
佐々宝砂
「ココロオドル」
「ココロオドル」と奇妙な四角いガラスのような機械に書いてある。どういう意味だと問うてみたいが誰もいない。そもそも此処は何処なのか。「誰かいますか」と声に出してみた。自分のものとは思われぬ情けない高い声だ。驚くことにいらえがあった。
「はーい、いますよ。わかんないことはおねえさんに聞いてね♡」
「此処は何処だ。私は何故此処にいるのだ」
「はーい、あなたは…そうね、たぶん20世紀前半に生きた日本人の魂でここに呼び出されたのよ! ここはみんなの遊び場よ! ココロオドルとはこの世界で他に呼び出された魂と遊ぶことよ!」
いやそれは全く心躍らない。何をやらされるのだ。わからないが私の自由意志は約束されないと思われた。私はそら恐ろしさに身震いした。私はそのとき事態を全く理解していないにも関わらず不安と恐怖だけは感じていた。
しかし私には想像できなかった。「ココロオドル」と名付けられたこの空間。かつて生きた魂を適当に捉えて、戦わせる空間。それが単に娯楽のために作られたなどという事実を大正に生まれた私が想像できるはずはなかった。
「終わりにしよう」
This is the way the world ends
Not with a bang but a whimper
(エリオット)
もうおしまいだねえとあなたはからから笑った。あたしも笑った。この状況は最悪だ。最悪すぎてあたしも笑ってしまう。地球はいまや赤く見える。連続して核が爆発したからだ。いつまで赤いのかわからないが、あれで生き延びる人がどれだけいるか。一方、ここ火星にいる人間はもはや彼とあたしだけだ。地球から送られてきた炭疽菌であたしたち以外は死んだ。あたしも彼も体の半分以上が機械だから生き延びただけで、あたしに生殖能力はないから人類は滅びたようなものだ。終わりにしようかと彼が言う。あたしはにっこり笑って彼に電撃を喰らわし意識を刈り取る。あなたは凍りなさい。そして人類の希望となりなさい。あなたには生殖能力が残っているのだから。
「踊るように」
「ではこれで今日の数学の授業は終わりだ。各自そこで踊るように。いいか、聞き間違いでも言い間違いでもない。各自そこで踊るように。わかったか?」
35歳独身の高校数学教師がそう言い放って教室を出ていったので、教室内は騒然とした。踊るようにってどういうこと? とりあえず踊りだしたやつがいたが、あいつは毎日踊ってる、小学生のときからヒップホップダンスをやってるらしい。しばらくして校内放送が流れた。
「各自そこで踊ってください、じゃなかった、各自そこで踊るように、です」
意味がわからず顔を見合わせていると、同報無線が聞こえてきた。
「こちらは広報〇〇です。〇〇市役所からお知らせします。各自そこで踊るように」
窓から外を見た生徒が声を上げた。
「みんな踊ってる! なんでだ!」
私の意志を無視して私の手足は勝手に踊り始めた。
「窓から見える景色」
「窓から外を、いや、空を見せてやる」とあいつは言った。あたしは信じなかった。窓はある。つまらない路地や隣の家の壁が見えるような窓で、空は決して見えない。人類みんな地下で生きてるこのご時世にどうやって空を見せる気だ。でもあいつの自信ありげな笑顔に唆されてあたしはレジスタンスに入った。レジスタンス「地上の光」だよ笑っちまうネーミングセンスだな。
一部富裕層が半地下に暮らし太陽光にあたっているという噂は以前からあった。地上は放射性物質とダイオキシン類に汚染されているとされる。実際にどうなのかあたしは知らないが、野生動物もいくらかはいるらしいから地上に出たらすぐ死ぬというわけでもないらしい。とりあえず外に出たいぜ!というのが「地上の光」の基本理念で、レジスタンス活動はおおまかに地上の実態を探ることだ。
レジスタンスには実働隊と間諜部と生活部があって、実のところ一番人気は生活部なんだ。ほら下層民は人工太陽光も浴びられなくて薬飲むじゃん。赤ちゃんにもカプセルを支給する悪辣な政府だから下層民の赤ちゃんどんどんくる病になる。それをどう治すか予防するかが生活部の仕事。あれはあれでかっこいいんだが、あたし頭悪いからできない。あいつもわりとアホだからできない。
つまり頭悪いあたしとわりとアホなあいつは実動隊なのでともかく地上を目指す。間諜部が探しあててきた暗い裏階段を登りに登り、見上げるような高さにある横に細い窓から白い光が落ちているのを見た。「あれが太陽光だ」とあいつは言い、光に向かって踏み出し、そして、そこに仕掛けられていたレーザー光に貫かれて倒れた。
あたしはどうしたらいい? あいつは約束を守った…わけじゃないな、あいつは太陽光かもしれないものを見せてくれただけだ。あたしは進む。窓の外の景色を見るために。
「秋晴れ」
「こういう透明すぎる秋の空を、昔は異常透明って呼んだんだ。今は言わない。異常という言葉のイメージが悪くなったのかもな。異常ってなんだろうな」と、先生は言った。
先生はもういない。異常能力者狩りに捕まりそうになったぼくたちをかばって死んだ。
気持ちのよい秋晴れの日だから外に出て、でも見つかったらヤバいから、ぼくはぼくの前後の光を交換する。前後から見た場合ぼくは光学迷彩で見えにくくなるってわけ。ぼくの能力は光を任意に交換することだけど、完璧に透明になれるわけじゃない。
先生、ぼくたちは異常なんだろうか。100メートルを10秒で走ったら賞賛されるのに、5秒で走ったら異常者扱いだ。異常ってなんなんだろうか。
秋の異常透明の空は美しいが何も答えてくれない。