拳
リリー
あれは欲求の充足が阻止されたことの
一時的な怒りだったのか
なんにも知ってはいなかった幼女の
ヒステリックが沸点に至り
あの時、
一軒家の玄関ドアに嵌め込まれた
デザインガラスの窓を
素手で叩き割った衝動は謎めいていて
右手首から噴き出てくるモノへ
眼見ひらき泣きもせず
見入ることで
とらわれていたものから解放された
耳には半狂乱な母の叫びが届く
手首へキツく巻き付けられたタオルは見る間に染まり
心に焼け焦げた灰が靄になってとざされ
すべてが不確かなままの
奇妙な傷痕
あたしの怒りは
あたしには見えなくて
振りあげた拳の理由も何も覚えていない