欲望の経路
ホロウ・シカエルボク


その日は三十五度死んで四十二度生還した、誤差の中に何があるかなんて俺にもわからない、きっといろいろなことが行われて上手くいかなかったのだろう、そう片付ける他に手は無い、一生なんて大きな枠で語ったり出来る筈がない、人間にはその日一日を生きることを語るのが精一杯なのだ、だから俺は書ける限り書こうと思った、思いつくままに、辻褄など気にせず、ただその、書こうとした瞬間のありのままの蠢きを、あまり考えずに、ひらめきをそのまま指先で表現し続けようと思ったんだ、技巧的なものには興味はない、別に書くことに限らず、すべてにおいてそうだ、技巧的なものにはまるで興味がない、それは目的が違うからだ、俺がこれを書く目的はさっきも言った通りだ、作品を作ろうなんていう気持ちは微塵も持っていない、俺が書きたいと思う気持ちは、放水のようなものだ、巨大なダムの壁面から吐き出される大量の水のようなものさ、それを行わないととんでもないことになるんだ、根本からぶち壊れて跡形もなくなってしまうのさ、中に溜まったものが多くなりすぎるとあまり良くない衝動にとらわれる、観念的な破壊、観念的な殺人、そういったものが脳味噌をうろつき出す、だから吐き出さないといけないんだ、出来る限り大量にね、そして頭の中をスッキリさせるのさ、いろんな呼び方をしてきたんだ、調律とか、デフラグとかね、でも、放水っていうのは一番気に入ってるよ、多分、いままでで一番上手く言えてるような気がする、そうしないと生きるどころかその日満足に眠ることも出来なくなってしまうんだ、書くことをもしも選ばずに生きていたら今頃壊れていたかもしれないな、なんてたまに思うよ、まあ、そんなことを言ったところで、確かめる手段なんてまるで無いわけだけど、俺はそうして一日の喪失、死や再生を数え続ける、罪や嘘や善行を数え続ける、自分の本質的なもの、身体の最奥にあって姿を見せることの無い何かの爪先に触れる、そしてこれは間違っていないと確信するのさ、そういうのって身体で感知するものなんだ、間違ってないって身体が感じるんだよ、興奮とか、或いは内奥の静寂さとかね、そうやって自分自身の真実に近付いていることを認識するんだよ、俺がいつも口にしているリズムっていうのはそういうことなんだ、確実にそれに近付くためのリズムというものがあるのさ、それは俺の肉体の中で息づいているリズムなんだ、そうさ、三十五度死んで四十二度生還した、それは自分の中に深く潜ろうとする闘いの記録なんだ、時には思い出すことすらなかった記憶の断片で酷い怪我をすることもある、そんな時に溢れ出る血の量ときたら、あっという間に気管をすべて塞いでしまうくらいの勢いだぜ、身体が動き続けていればそんなものも一瞬で吹き飛ばすことが出来る、だから俺は身体をなまらせることは絶対にしないんだ、そう、それは闘争心と言ってもいい、野性と言ったっていい、俺は自分の中だけで闘争心や破壊衝動を消化することが出来るのさ、そういうシステムとテンションを長い時間掛けて築き上げてきた、それは年々制度を増している、俺が望むものにどんどん近付いている、それは俺に新しい方法を探させる、慣れ親しんだやり方で同じものを書いているばかりでは駄目だよ、と脳内に語りかけて来る、枝葉を広げる木々はより大きくなる、わかるだろう、俺が欲しいものは大まかに言えばたったひとつのものだが、細かく分けていくと気が遠くなるほどの項目で並んでいる、そして、そのひとつひとつがどんなものであるのか、俺はまだきっと把握出来ていないんだ、俺の体内にはまだ俺の知らないゾーンがある、そこそこ歳を取った、あと幾つの項目を明らかに出来るのか?それは俺の努力次第だ、まあ、こればっかりやっていればいいような身分では無いから、すべてを知るには足りないかもしれない、でもさ、知ることなく終わったことというのは知る必要の無かったことなんだ、俺はそういうことでいいと思う、選んだものと見つけたものに嘘は無いし、まだ開かれていないパネルを裏返すことが人生の目的じゃない、ゲームを楽しむように人生を歩むのさ、なにも無駄に終わることなど無い、選んだものには間違いはなかった、俺はもうそのことを知っている、後はただの興味さ、今日どんなものを書くのか、明日はどんなものを書くことが出来るのか、俺はそれを最初の読者として楽しみながら綴っていくのさ、俺はもう若さを失っているのかもしれないけれど、でも現在が一番尖っていて、そして楽しんでいる、そしてまだしばらく終わることは無い、またなにか違うものを知ることが出来るだろう、それはどんどん大きくなるだろう、それはどんどん多くなるだろう、俺は大量の種の中からその時使いたいものだけを瞬時に判断して掴み上げ、ワードの中にばら撒いていくだろう、そして書き終えたら身体の強張りを解き、珈琲でも飲んで回転数を落として眠るだろう、近頃は夢もクリアーなんだ、俺は多分長生きするよ、目的があるうちは人間はくたばったりしないんだ。



自由詩 欲望の経路 Copyright ホロウ・シカエルボク 2024-11-15 22:04:58
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