澱
ただのみきや
筆を洗ったように
空は濁っていた
積もりに積もったことば
こころはもう見つからない
遠い昔に死んだ
自分のようななにか
滲んだ絵具
見分けのつかない瞳から
こぼれ出す 記憶の澱
抑揚ある母音の流れ
しなやかにからみあう
刃物と裸体
月と羽蟻 けむる蜜
追われるために逃げ
見返した忘却の横顔
頁の向こうへ手を伸ばし
つかんだ柘榴 息遣い
肉体を得 痛みは翅を開く
この雨の中を縫うように
想いは泳ぐ蛇のよう
鬼灯色の入り口が
闇を夜より深くする
そんな刻に遅れぬよう
幼子の手だけを引いて
ひとり帰る いったい何処へ
生まれなかった妹の
この手を何処から引いて来た
若く見慣れぬ母親は
息んでなにを切ったのか
まな板の上になにがあった
ことばにできず嘔吐した
半分溶け交じりながら
二羽の雛鳥はまだ動き
目の中で生きているふりをした
妹とわたしは油膜の海
夢に生まれようともがいていた
(2024年9月15日)