ロスト・チャイルドは未知なる世界の為に変異種的な成人をする
ホロウ・シカエルボク
何度も寝返りを打ったのに結局眠ることは諦めた、ノーステッチのブラックジーンズ掃いて真夜中に繰り出す、目的を失った連中たちがダンゴムシのようにビルの影で丸まっている、落伍者たち、でも快楽で帳消しになるくらいの夢、そうだろ?俺は初めから目的を持たない、だから自由に歩ける、眠る代わりになにかが欲しかっただけなのさ、どちらにしてもこの夜の時間は埋められなければならない、部屋のベッドに期待出来るなら何かに頼るしかないじゃないか、耳に突っ込んだイヤホンの中ではジョー・ストラマ―が喚いていた、そうとも、すべてを考える必要なんてない、クラッシュしたならそのあとに新しいものを作りたくなるものさ、だから俺は何も求めなかった、もとよりさっきから言っている通り、この夜の散歩は代用案に過ぎないんだ、どこかの店に潜り込んで一杯飲むにも夜が更け過ぎていた、二十四時間営業のレストランで怪しまれながら安い酒をお代わりする気になんかなれなかった、第一、タクシーを捕まえなければそんな店に行く術も無い、昔はこのあたりにも五人で満員になるような小さな珈琲の店があって、夜通しいつでもちゃんとした珈琲を飲むことが出来た、でもその店のシャッターは長いこと閉ざされたままになっている、紅茶に小さな芋をぶち込んで飲み干すような下らない流行が世間を支配していた頃のことだよ、この世界はもうまともな飲物すら求めないというのかね、アイスクリームだって近頃はチーズみたいに伸びるらしいし、そもそも色が青だったりするんだろ?そんなもの一生口にしたくないね、時代遅れだなんて下らない言い草だ、そもそも時代について行くことがなぜ美徳なのかね、大多数の中で踊り続けることだけでいつまで満足しているんだい、ええ、無難なカードを手にしているってだけでふんぞり返ってんじゃねえよ、まったく―そんなよしなしごとを頭の中で継接ぎしながら歩いていると、いつだったかこの街の終わりの港で、一晩中煙草を吸っていたことを思い出した、あれはまだ十代の頃だった、十七だか、十八だか…特別煙草が好きだったわけでもない、ただそんな夜に手元にあったのが煙草だったというだけの話さ、港の向こうには大きなプラントがあって、それは朝だろうと夜だろうと稼働し続けていて、強力な灯りがあちこちで灯っていた、俺はそれを真空管のステレオみたいだって思ったのさ、だからそれを見つめていようと思ったんだろうな、特別何も無い夜だった、今日みたいなさ、俺は馬鹿みたいに短くなった煙草を捨てて新しいものに火をつけた、そんな機械になったみたいだったよ、思えば煙草なんて吸ったのはあれが最後だ、そしてこの先二度と吸うことはないだろうな、なにしろ何が美味いのか分からないし、手は汚れるし服は臭くなるしね、なんとなくで買ってみたけど、こんなものはまるで必要のないものだっていう結論だったね、視界だって変に霞むしね、そう、あの港は確か一般の人間の立ち入りは禁止になったと聞いたよ、フェリーの需要が減って、航行が終了してからはどっかの工場に行く石炭とか、そんなものを積んだ外国の船が出入りしてるって話だ、もう景色は変わってしまっている、ノスタルジーに浸ろうとしてもそれはもうどこにも無い、もしかしたらこんな夜に思い出すのもこれが最後かもしれない、ポケットに煙草の代わりになるような小道具があるわけでもないしね、スマートフォンじゃあまりにも味気ないだろう?俺は港には行かないことにしたんだ、代わりに、そこから海へ向かう道路のトンネルを抜けた先にある廃墟を見に行こうと思った、昼間に何度か訪れたことはあったけど、夜の顔は知らなかった、廃墟と言っても土台とコンクリ部分以外はすべて崩れてしまって見る影もないんだが、それでも眠れない夜の退屈凌ぎにはぴったりだってもんだろう、廃墟の入口は綺麗に整備されていた、なんでも、災害時の緊急避難場所に設定されたらしい、昔は崩れた土にしがみついて小さな山を登り、トンネルの上に向かって歩いたものだった、同じ場所を求めてまるで違う道を歩いているというのも変なものだった、とはいえ、その道にはとんでもない量の落葉が積もり、あまり重要視されていないことは明白だった、廃墟には程なく辿り着いた、建物が残っていた頃には、入ったら二度と出て来られない恐ろしい心霊スポットだったらしいよ、まあ、俺にとってはどうでもいい話だけどね、いや、信じていないっていうわけじゃない、霊なんか居るだろ、どこにだってさ、俺たちと同じように勝手にやってるよ、それはともかく、少しは整地されているのかと思ったらそのまま崩れた建物が残されているだけだった、こんな場所に年寄連中を避難させようっていうのかね?別に偉そうなことを言うつもりもないけれど、やることが少し雑過ぎやしないかね?まあ、そんな話はともかく、夜の廃墟もなかなかオツなものだった、場所の記憶というようなものが、ハンカチみたいにひらひらとあちこちを漂っているような気がした、浴室の跡に腰を下ろし、そのまましばらくあたりを眺めていた、大人になると迷子になることが得意になる、子供の頃はあんなに怖くて仕方がなかったのに、それが俺をどこに連れて行こうが、誰かについて行くだけよりはずっと面白いところに行けるって分かっているせいなんだろうな。