感光/残滓
ただのみきや

一本の樹の中でうわさが広がった
灰の幕屋は綻び 
沈黙は決壊する

降り注ぐことばがことばを
地に開く波紋が波紋を
打ち消し合い 相殺し
延々と生と死を被せ合う
その声は群れ
ずれ重なり つめたく
時の穂先を濡れそぼさせる
瞳は月に似る


遠い夏の感光
紫陽花の花びらひとつ舞い上がり


花を摘む 娘らの
指先を染めるくすんだあお
幼い憧れが
毒を帯びるころ
くちびるに
真に受けて
ひとつの憂いへ振れた
幼い羅針のあまりの鋭敏さ


──あの娘はどうなった

ひとりは川へ身投げした
ひとりは花の汁を飲みすぎて気がふれた
残りのひとりはわたしが喰った


──娘はひとりしかいなかった
 好いた相手をあきらめて
 十六で嫁いだあの娘は

ひとりのわたしは川へ身投げした
ひとりのわたしは気がふれたまま今も故郷の野山をさ迷っている
わたしは生きるため鬼になり
わずかに残った娘ごころを喰らってしまった


あなたのこころの破線を裂いて
娘の面影を訪ね歩く
捻じれた箱の中
霧深い森の奥深く 
鏡の沼に足を浸し
指先と口を藍く染めた
娘はあのころのまま
着物の裾を陰部が見えるほどたくし上げ
罌粟のように笑っていた


近づこうとするわたしと娘の間に
ペニスの幽霊が立ちはだかった
張りぼてを失くした空ろが影を成し
埋まらぬ間合いを計っているのか
いつまでも近づけず触れられない
握りつぶした小鳥が何度もリプレイされ
下腹部では柔らかな秒針が
生と死のゼロ地点で花のように揺れていた

年上の娘に恋をした わたしもまた
幼ごころを喰らってしまったのだ
残りかすの情欲は羽化することなく
ぬめぬめと 
ただぬめぬめと視線を這わせるばかり
ああ成りかけの死者
美しい老いなどどこにある
生きつづけるという刑罰に
いつ  どこで
なにを誤ったのかと────


遠い夏の感光
蝉落ちて眩む朝


                      (2024年8月14日)









自由詩 感光/残滓 Copyright ただのみきや 2024-08-14 14:07:46
notebook Home 戻る