ルード・ボーイたち
中田満帆
鍵穴が合わない夕べ地階にて癌検診の通知受取る
裏階段上るだれかのかげをいまひとりじめする身勝手ばかり
布ひとひら浮かぶ人工河川やがて来るだろう裁きなど忘れつ
〈屠〉という字やがて葬られる字なり夏の蝿集る場所もなくて
咲きそめる花は嵐か 従業員通用口に吹きだまるもの
愛の経験もなしに道ゆくわれのなかを走り抜ける夏のしぶき
パリ祭のルード・ボーイのごとくいま髪撫でつけるわがマグ・ショット
第一級殺人一報告ぐ画面冷たし切桃の罐詰をあくる暗い真午の室
だれだった? かげ踏み遊び 誘い来る 群青色の男の子って
かえりきて上着を降ろす湿度計高まるなにが不安をあおる
横倒しのハーレーダビッドソン眠る路上にて遠巻きに小火騒ぐ隣人ありぬ
前線の雲もやがては見果つるに悪魔主義者もしずかに去りき
羞じらいもなくて眼をひらくひと/「きみのようだ」と通信回路
椿象のゆくえをおもう俎板のうえを這ってはじきに消え去る
ことば少なげに愛を語る男に遭っていまだぬぐえない背徳感
ミシガンという渾名の猫が飛ぶ夏の庭にて語る亡命
「この夜がいまに正しい昼となる」──夢の日記に書かれた科白
花時を忘れたように立ちあがる電子梭子魚のパンチャー係
中央電算室爆発する真夏の朝顔さえ愛しい時間
花筏接続端子まちがえるエラー表示の鳴きしきるなか
どこかでいれちがうひとがゐる駅のなかを漂う空洞としての時刻表
夜泣きする子供の声が悲しげなときがつづいてひとりつまづく
ゆくえ知れずの夢──「アメリカ」を追跡する大暑のなかをさまようがまま
〈L'America〉と歌う男よ、黄金に代わるものなどこの土地になし
荒れ野にて花が咲いたよ/きみが持つ神託なんぞなかったように
夏の雲に夾まれてゆくぼくよぼくよと一人称解体できぬ真昼
生田川インターちかく主婦たちが降霊術を学ぶ木の洞
Lie Lie Lie/やがてものみなうそとなる第二級河川反逆したり
サイレンが祝詞のように鳴り渡る駅また駅の神も欠伸す