由比寺の刀
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 群雄割拠の時代が終わろうとしていた。久慈の豪族、佐川義久は隣国の領主たちを自分の城へ招いた。月丸扇の紋章が描かれた屏風絵を背に、広間の上段に義久が座り、宴の席は中段に設けてあった。下段には着飾った遊女たちが出番を待ち、やがて招かれた領主たちの杯へ親しく酒を注いだ。近隣の国で最も力のある島木氏は、背に大きな揚羽紋のある黒と黄の派手な陣羽織を着ていた。おゆいは島木氏にも酌をし、まるで人懐こい猫のように摺り寄っては艶なる色香を添えた。

「島木殿、久慈の酒は如何ですか?」

 おゆいは微笑みながら言った。

「良い酒だ。ましてやそなたのような美しい者が注いでくれるとは、これ以上の喜びはない」

 島木氏は満足げに答えた。

 宴たけなわとなった頃、突如として赤い鎧を纏った者たちが乱入した。その者たちは荒々しく、酒に酔った無防備な領主たちを刀で斬りつけた。島木氏も、鉈のように降りおろされた刀の一振りで敢なく倒れ、朽ちた落ち武者のごとく無惨に転がった。

 このようにして、義久はいとも簡単に領地を広げた。領主なき隣国には、すでに義久の側に与する者たちが散りばめられている。しかし、彼の心には常に疑念と不安がつきまとっていた。

 さて、島木氏の家臣、鹿島景時は頑なに城を守った。

 石垣で囲われた緩い緑の斜面がつづく城の外堀では、槍を持った佐川氏の軍勢が声をあげて馬上の景時とその従者を襲った。景時は鎧の上に揚羽紋の陣羽織を着ており、黒塗りの兜の前立てもまた揚羽蝶だった。彼の胸には、主君への忠誠と復讐の炎が燃えていた。

「今こそ親方さまの無念を晴らす時が来た!」

 景時は叫び、刀を掲げた。胴丸を着た武者たちの背にはためく指物も黒字に白の揚羽紋だった。これに対して佐川氏の武者たちの鎧は赤く、背中の指物は黒い月丸扇だった。にわかに生ぬるい風が吹き、そのとき、激しい光と雷鳴とともに妖しい力が激しく彼に臨んだ。景時の振り上げた刀はまばゆい輝きをおびた白い光芒となり、たちどころに千人もの首が芝草の生えた土の上に落ちた。

 景時は言った、

「わが刀をもって死体の山また山を築き、雷のような光と轟きをもって千人を打ち殺した」

 やがて紫の夜着を羽織った義久の側に臥し、おゆいの瞳には暗い企みが宿った。

 真夜中、おゆいは義久の寝室を離れると、じっと睡蓮の葉の浮かぶ池を睨んだ。まるで遊女が着るような朱色の袿(うちき)に垂れた、おゆいの長い髪が夜風にそよいでいた。

 景時の力の秘密を探るため、おゆいは美しい側室として彼に近づいた。いつどんな時も彼女の微笑みは、仮面のように胸のうちの奸譎を隠していた。

 おゆいは手厚く景時に接し、その仕草は氷を溶かす春の陽だまりのように穏やかだった。景時の心はゆっくりと溶かされ、やがて彼は、おゆいを妻よりもふかく愛した。

「景時さま。あなたの強さはどこにあるのか、どうぞ聞かせてください」

 毎夜、おゆいがその言葉をもって彼に迫り促したので、景時の魂は苦しんだ。 やがてある夜、ついに彼はその答えを明らかにした。

「余の力は、渡来の民が天から墜ちた鉄を溶かし叩き、陰陽師の祈りと雪解けの水によって冷やし固めたこの妖しい刀にある。刀を研いだのは婆羅門の宗徒じゃ。もし剣を奪われたなら、余の力は忽ち去って失われるであろう」

 夜の闇が訪れ、景時の眠りが深まる中、おゆいは刀を奪い、義久の元へと走った。影時は目覚めると、すぐにも刀と力の喪失に打ちひしがれるのだった。しかし怒りと絶望の中で彼は反撃の火を灯した。戦いの火蓋が切られ、景時の軍勢が暴風のごとく広がるも、神剣なき力は次第に衰え、やがて敗北の影が濃く忍び寄った。義久は景時を捕えて、ふたつの眼をえぐり、鉄の足かせをかけて牢獄につないだ。こうして景時は、ただ死を待つばかりとなった。

 戦いが終息を迎えたとき、卑怯を悔いておゆいは泣いた。ある夜、揺らぎ瞬く提灯を手にした従者とともに牢獄へ赴くと、おゆいは景時に刀を手渡した。

「義久へ渡した刀は偽物です。景時さまの刀は、私が大切に隠し持っておりました」

 裏切りの罪を悔いながらも、その声は景時の耳には空虚な物音でしかなかった。ただ景時はその力を振り絞り、藤蔓で巻いた柄をつよく握りしめると、妖しく反った刃をさも虚空を斬るかのように抜いた。すると一瞬のうちに足かせの鎖を断ち、太い角材で組んだ牢の格子を斬り裂いた。牢獄を出ると大勢の者たちが襲ってきたが、視力のない景時は音と気配で敵の肉と骨を斬った。たった一人で、三十人を殺し、城の本丸へ入るとさらに七十人を殺した。女の匂いのする静まった城の奥まで進むと、弓を持った赤い鎧姿の従者と、純白の寝具に座る義久がいた。

「暗闇侍め、この矢を受けてみよ」

 そう言い終わるのと同時に、四本、そしてまた三本、また二本の矢が影時の胸と首に突き刺さった。景時はそのまま立ち尽くし、えぐり取られた両眼の穴で穢れた血を吸った細く長い刀を見るともなしに見上げた。

「ああ、八百万神、すなわち神よ! わが刀をもって佐川義久を討ち、雷のような轟きをもってその従者をも打ち殺そう」

 すると刀はまぶしい光を放ち、そのつよく神々しい光の中には、怒りも憎しみも、そして殺戮への迷いさえ微塵もなかった。ただ激しい音と光が消えると、そこには義人を踏みつけ民を支配した義久と黒く焼けた従者のむくろだけが残った。やがて一陣の風が吹き、あたり一面には靄のような煙と獣じみた嫌な匂いが漂った。刀は、矢を受けた身体とともに、抜き身のまま焦げた土の上に置かれていた。その場に駆けつけたおゆいは、両眼をえぐりとられた男の亡骸に寄り添い、声を漏らして泣いた。

 景時の刀は、今もこの地の尼寺に納められている。









◇士師記13章~16章からのオマージュ。
(一部モノローグ等に、本文からのサンプリングがあります)


































自由詩 由比寺の刀 Copyright atsuchan69 2024-07-28 06:42:52縦
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