幽霊の木
妻咲邦香
詩を忘れ始めることで
支度を始める
長い冬に備え、委ねる先を探す
靴は有り合わせでいいか
上着は派手過ぎないか
待つ人はいるか
誰か先に行かないか
詩を忘れ始めたら
お腹いっぱい食べたくなって
恋することさえも格好悪くなくなる
誰にも教わらず、教えてもらえず
ここから先はもう言葉などは役に立たなくて
土の匂いをただ懐かしむ
幽霊みたいな木の下で
幽霊みたいに懐かしむ
詩を忘れ始めて
悲しむこともなくなった
恐れることもなく
逆に何者かが私を恐れやしないかと
心配になる
他にも心配することはあった筈だが
既に忘れてしまった
詩を忘れ
すぐに心もなくなるだろう
それでいいのだと今はまだ思えないから
あともうひと鳴き、ふた鳴きと
腹の底から満ちてくる幸福感に
抗って
幽霊みたいに繰り返す同じこと
幽霊みたいな木の下で
何度も何度も繰り返す
先人たちのしてきたことと
同じこと