見上げてごらん空耳を
ただのみきや
すずめを追ってヒヨドリは
桜の色葉をくぐりぬけ
共に素早く弧を描く
糸でつながったみたいに
*
落葉が元気に駆け回っている
ヌードになった街路樹の
先っちょでわずかな枯葉が千切れんばかり
飛ばされないようにしがみついている
来春まで居残る気つもりか
小さな端切れじゃどこも隠せやしない
局部のモザイクなんて
ヌーディスト樹は潔しとしない
どっちでもいい
ひっしにしがみつこうと
さっさと飛ばされようと
好きにすればいい
運命と見なそうが
生き様と宣おうが
すべて空耳だ
*
運命を味方にするなんて出来っこない
運命と戦うなんて疲れるだけ
だったら運命に味方しよう
素直な自分に味方しよう
とがめる声もまた自分
蝶々みたいに踊りながら逃げて
いくつもの鮮烈な印象と恋に落ちる
御覧 空の高いこと
空耳たちが天使や龍のように飛び回っている
*
ちいさな白い蛾はふるえるように
わたしのズボンにしがみついていた
十一月にしては暖かい雨の朝だった
しばらくそのまま歩いていた
蛾は羽ばたきながら股のあたりまで上がって来ると
ふたたび風に流されていった
何度学んでも
同じ失敗を繰り返して来た
気づいても
口を出さず
手を出さずにいられたなら
束の間の風避けぐらいにはなってやれる
今日初めて実行できた
相手は人ではなかったけれど
*
雨がわたしを海に変える
空白だらけのやせた海だ
雨はわたしの外に降るが
雨音は奥まで浸水して
風に唾する黒い波しぶきとなる
ことばは生きられない
ここから見えるのは表象の焦げ穴の向こう
あらゆるものを侵食する
黒い指紋の群れ
水と油のよう
決して音とは混じらない
すでに死んだものたちの
こころの隙間部分
名付けられず埋めようもなく無視され続けた
表象からこぼれ落ちた塵芥が
器を失くして雨に溶け
時間みたいに近づいてくる
空間いっぱいの黒いフィルムのように
海の黒い三つ編みにわたしは取り込まれ
魚と契るようにわたし自身が精子となって
ねじれた時の皮膚の裏を無心にさかのぼった
闇は 見上げるわたしを瞳から裂いて開いて
裏返す──月のように 白かったろうか
犬が引きずるかもしれない明日
すでに飲み干している 括れの中の聞こえない音だけが
睫毛のように雨のふりをする
*
今朝は雪
飄々と剣を振りかざす虚空をまえに
結露して わたしは座す
(2023年11月11日)