真夜中、路地の終わりで
ホロウ・シカエルボク
歯痒い思いをしたのか、それとも、迫り来る死に抗おうとしているのか、群青色の蛇がバ・ダ・ダン、バ・ダ・ダン、と、鞭のようにしなりながらのたうち回っている、俺は、リズムとしては一貫性の無いそれを、パンク・ロックのドラムのように感じた、でも当然のことながらここにはロットンもジョーも居なかった、イギーだってね…ただぼんやりとした、色褪せて所々擦れたスローガンに、傀儡のように踊らされる連中が徘徊しているだけさ、バ・ダ・ダン、バ・ダ・ダン、お前、いつまでそれを続けるつもりなんだ、まるで歩合制のストリップの踊り子みたいだ―まあ、ストリップのシステムなんて知らないけどさ、本当さ、ストリップなんて俺が生まれたころにはすっかり下火だったんだ、まあ、そんなことはどうでもよくて…俺がこんな真夜中に潰れたバーの並ぶ路地のどん詰まりでのたうち回る群青色の蛇を見ているのには理由があって―いやだけど、そもそも、群青色の蛇なんてこの世に存在するのかな?ヤマカガシっていうのは青いのも居るって聞いたけど、あれは文字通り山に居る蛇だしね…ああ、でも、もしかしてどこかで飼われていたやつが、人通りのほとんどないこの路地に、寝てる間に捨てられて憤っているのかもしれない、通報すれば保護してもらえるだろう、でもそれをするのはきっと、俺じゃないだろうけどね…俺は敢えてなにも構えずに手を伸ばして、暴れる蛇の腹に手を触れた、あっ?という顔をして蛇は一瞬こっちを見たが、今はそれどころじゃないんだとでもいう感じでまた同じように妙なリズムを奏でた、ヤツと目が合った時に俺は蛇の理由を知った、顎の下あたりになにかが詰まっているみたいで、飲み込むことも吐き出すことも出来ないようだ、俺はもう一度手を伸ばして、今度はもがいている蛇の首あたりを捕まえた、じっとしてな、と一声かけて首に詰まったものを触って確かめてみると、どうやらゴムボールか何かだった、突起物がないのなら飲み込める気がするけどな、と不思議に思いながら立ち上がり、頭を下にして蛇をぶら下げた、それから、指でなるべく苦しまないよう丁寧にボールを押し下げてやると、蛇も助けてくれることがわかったのか大人しくしていた、協力体制に入ってからはそう時間はかからなかった、二分ほどでそいつは口から飛び出し、暗がりへと転がって行った、ふう、と、座り込むと、蛇は礼をいうみたいにこちらを向いてゆっくり頭を下げた、どうやら本当に人間に飼われていたものだろう、よかったな、と俺は笑いかけてそこを去ろうとした、待て、と言うように蛇は俺の左脚に巻き付いた、そして俺の顔を見上げながらパクパクと口を開けた、もう少し居て欲しいのか、と聞くと、頷くような仕草を見せてぺろりと舌を出した、蛇も飼育すればこんな風にコミュニケーションが取れるようになるのか?それともこいつはなにか特別な蛇で、そのせいでここに捨てられたとでもいうのか?ともあれ俺もこのまま帰るには蛇が気になって仕方なくなっていた、俺はその辺に転がっているビールケースを引っ張って来て、裏返して椅子代わりにした、蛇は脚をするすると上って来て、猫がするように俺の膝の上で丸くなった、チロチロと何度か舌を出していた、ご機嫌なのは見ていればわかった、うちに来るか?と思わず言いそうになったけど、蛇を招いたところで俺に出来ることなどあるはずもなかった、蛇は俺の肩を上って来て、俺と見つめ合った、静かにそうして見つめ合っているうち、俺は蛇がどうしたがっているのか理解することが出来た、この蛇は多分雌なのだ―でも、どうやって?とにかく横になってみないことには始まらないだろう―こんなところで?俺は戯れに目の前の居酒屋の廃墟のドアを開けてみた、驚いたことにそれは当り前のように開いた、俺は蛇を肩に乗せたままそこに入り、店内を見回した…どこかに二階へと上がる階段があるはずだ、それはカウンターの奥にあった、この狭さでは住居とはいかないだろうが、休憩室のようなものがあるはずだ…階段を上がってみると驚くほど畳の新しい四畳ほどの部屋があった、俺は蛇を腹の上に乗せながら仰向けになった、蛇は俺の腕や脚に巻き付いては楽し気に舌をチロチロと出した、それはなかなかに気持ちが良かった、欲望に繋がるようなものではなかったが―驚いたのはそこからだ、蛇は俺の腹に戻ると、デニムパンツのファスナーを咥えて器用に下ろし、中に潜り込んだ、そこからは純粋に欲望だった、俺は蛇に締め付けられながら何度も絶頂に達した、心得たもので、蛇は俺の衣服が汚れないようにきちんと気を使っていた、なんという調教だ、こんな事態はまったく予想していなかった、極限まで搾り取ると、蛇は真っ白になりながら俺の横に寝そべった、人間の女がそうするみたいに、真直ぐに伸びて…薄暗い廃墟の天井を見上げながら、俺は静かに眠りに落ちた、数十分ぐらいのことだったと思う、目が覚めると、蛇はもうどこにも居なくなっていた、礼のようなものだったのかな、俺はファスナーを上げ、欠伸をしながら店の外に出た、みすぼらしい路地はますますみすぼらしく見えた、すべてが泥酔の果てに見た夢のようだった、自販機でコーラを買って飲み、自宅への道をのんびりと歩いた、細く長い舌が、しばらくの間チラチラと脳裏で踊っていた。