夏の日のプレリュード
そらの珊瑚

たどたどしい指が生み出す
バッハのプレリュードを
小さな鉢植えに収まったサボテンだけが
棘をかたむけて聴いている

他の観葉植物は枯れて
手元に残ったそれは
巣立っていった息子が置いていったもの

時折水をあげようとして
いつもうっかりその棘を指に刺してしまう

どんなに注意しても
なぜだか刺してしまう

この危険な植物が大きくなって
鉢を代えなければならなくなったら
どうしようという心配がよぎる
それを上回る切実な心配事は
忘れたふりが出来る
人は不思議な生き物

目を覚ますような鋭い痛み
刺し跡は肉眼では見つけられないほど
小さいのに

砂漠という器には
もう帰れない身の上の
机上のサボテンに導かれるように
痛みの名残りをあたためたまま
わたしはまた
ピアノの前に座る
遮光カーテンを引いて現れた
濃い影を
手に入れた、として



自由詩 夏の日のプレリュード Copyright そらの珊瑚 2023-07-21 10:08:59
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