サンドイッチマン
本田憲嵩

あ、風くる、風くる、土曜日の公園で急に磁石のように方角をかえて真鴨の黄色いクチバシのように極端に長い、先の尖ったヘルメットが思わずぼくの眼球にぶつかりそうになる。そんな被り物をした一人の中年のメガネ男がいまここにいる。彼が言うにはそれをかぶると風の抵抗がとても少なくなるのだという。はじめての痛風はたしか十代のときで、今はちょうど第二十三期痛風ブームが来ているのだという。そればかりかちょっとおまえも被ってみろという。お前も気を付けなきゃダメだぞとひどく余計な心配をしてくる。遠慮するぼくの頭にそれでも彼はなかば強引にそれをかぶせてきて、あ、ほらほら、風きた、風きた、先端向けてみろ、って、ぼくはしぶしぶその黄色いクチバシの先端を風の吹く方角へと向けてみる、ほらな、抵抗減るだろ?って、たしかに抵抗は減っているようにも思える。でもさやっぱりそれがないとおれの寿命が縮んじまうからさ、と、彼はすぐさまぼくの頭からそれを取り上げた。そして彼は、それを真鴨のくちばしの被り物のようにまた被り、抵抗の少なさそうな三日月型のプラスティックのリュックサックのなかから、一枚の三角形のサンドイッチをとりだした。どうやらそれが一番抵抗の少ない食べ物らしい、それから、こつぶの缶ジュースを一本。この「ぶ」の部分が流線型でもっとも空気の抵抗が少ないらしい、彼はいつも箱ごと買い占めているそうだ。そうして急に、あ、風きた、風きた、って、また磁石のように身体の方角をかえて、とりあえず俺もう行くから、って、彼はそのまま公園をあとにした。彼は自分の身体をひどく労わる男なんだ、とぼくはこのときようやく理解した。
駐車場へともどり車に乗り込み、ぼくも公園をあとにした。爽やかな風が吹き込んでくる窓を開けはなった車内で、土曜日の午後担当の、ローカル局のラジオのパーソナリティが、ローカル局のパーソナリティとはとても思えないような、その巧みな話術で怪人のことについて熱く語っている。
あ、風くる、風くる、って。



自由詩 サンドイッチマン Copyright 本田憲嵩 2023-05-28 00:48:55縦
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