湯豆腐
リリー


 熱いゆげをわけて
 ちりれんげですくって
 ふう ふう 吹いて食べるのです

 舌の上にのせた豆腐が
 かすかに香って崩れる時
 ふと時間は逆戻り

 勤め帰りのスーパーで
 サッカー台に険悪なムード醸す夫婦の
 カートの食品を 私の目が向かい側から盗み見た

 ロング缶六缶パックに炭酸飲料のペットボトル数本
 夫が妻へ ビニール袋に詰めろと手渡す
 お肉ばかり数パック
 対話になっていない刺々しい声色だけど
 「ほら、コレお前の。そっちの袋に!」
 妻は受け取ると そっと荷物の一番上に重ねて入れる
 プリンアラモード
 次々と袋に放り込まれるスナック菓子

 妻に背を向け サッカー台を離れる夫のプリントTシャツは
 『人の人生は重荷を負うて遠き道をゆくがごとし 徳川家康』

 後ろから着いて行く妻は短パンジーンズでもろ肌出して
 ピンクカラーの頭髪に唇ピアス

 私は絹ごし豆腐一丁を手にしたまま彼らを見送った
 その姿、見えなくなるまで

 店舗を出ると堂の川
 流れているとも思えない 琵琶湖へ注ぐ町の川沿い
 今日ライラックが満開なのに
 寒の戻りで一人鍋

 ねぎをかけて
 かつぶしかけて
 七味とうがらしふって
 ふう ふう と鍋のあつさに
 にじむ笑いを顔に浴びて楽しむのです



自由詩 湯豆腐 Copyright リリー 2023-05-26 06:08:09
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