アップルパイ
リリー
京都駅構内のアスティロード商店街を抜けて
おもてなし小路を行くと連れの彼女が独りごちる
「うわ、六百十五円やて!」
何事かと 彼女の視線みると
老舗珈琲店の店先ショーケースにはりついていて
「何が、ほんまやな!高っ。」
店内カウンターに居る黒いスーツの男にまる聞こえ
僕ら、慌てて立ち去ったんだ
地下街へ入ろうとしたのに彼女がもう一度
さっきの店へ行きたいと言う、その屈託ない瞳
今度はスーツの男が奥に居るのを確かめて
ショーケース端っこで佇んだ
カスタードクリームないみたい。
薄切りのアップルフィリングが重なってる。
パイ生地も柔らかそう、杏ジャムのツヤで綺麗な狐色やわ。
大きいし値張るのも分かるな。
黙って隣に立つ僕は 彼女の呟く語りでもう
食した気分になってしまう
「さ、行こうか。」
先立って歩き始めると彼女に腕つかまれて
「ありがとう。ね、マクド寄って帰ろっか?」
先週末に洗って小ざっぱりしているスニーカーの靴音と
インディゴブルーなパンプスの踵が 明るく囀り
喫茶店から遠ざかっていった