夜空を見上げる理由
たもつ
幼い頃から崖があると
覗き込む癖がある
特に興味があるわけではなく
崖の下に何があっても
それはそれでよかった
街中
路線バスの中
会議の最中など
崖はいたるところにあって
時々親切な人が
崖がありますよ、と教えてくれるけれど
覗き込むのはわたし一人で
声をかけてくれた人は
何もなかったかのように
自分のことに忙しくしている
母にその話をすると
昔からおまえはそうだったよ、と言いながら
柱の間やテレビの隙間を見つけては
手を差し入れるのだった
山本さんが崖から落ちて入院した
病室で山本さんは
ベッドの側にある崖を覗き込んでいた
わたしと同じ癖があるのかもしれない
一緒に覗き込んで
後はお互いの近況などを話して終わった
病院の外は夜になっていて月が出ている
月の隣には今夜も切り立った崖がある
だから毎晩
夜空を見上げてしまう