塩辛
たもつ


わたしの洗濯機が洗濯を始めた
洗濯機は洗濯する音だけを立てて
幼い頃わたしが溺れたことのある海は
こんな音は立てなかった
玄関からだと遠回りですね、と言って
洗濯機を運んできた男の人は
雑草が見える窓の方から搬入した
帽子を被っていたけれど
服は着ていたはずなのに
色も形も思い出せないまま
洗面所の奥の方に設置して
ボタンの押し方や順序を教えてくれた
一通り作業が終わると
親切な人だったのに
海にでも落ちてしまったのだろうか
入ってきた窓から出て行ったきり
二度と帰っては来なかった
明日は父の命日だから
後で実家の母に電話をしよう
父はイカの塩辛が大好物だった
あんなものばかり食べてるから早死にするんだよ
母は今年もまた
同じセリフを繰り返すのだろう
わたしの洗濯機は洗濯を終えると
溺れ疲れた人のように静かになった
塩辛に疲れた父を思った



自由詩 塩辛 Copyright たもつ 2023-05-18 12:40:14
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