反射光。
田中宏輔

 幾つものブイが並び浮かんだ沖合、幾つものカラフルなパラソルが立ち並んだ岸辺。その中間に、畳二枚ほどの広さの休憩台がある。金属パイプの支柱に、木でできた幾枚もの細長い板を張って造られた空間。その空間の端に、ぼくは腰かけていた。岸辺の方に目をやりながら、ぼくは、ぼくの足をぶらぶらと遊ばせていた。
 まるで光の帯のように見える、うっすらと引きのばされた白い雲。でも、そんな雲さえ、八月になったばかりの空は、すばやく隅に追いやろうとしていた。
 
 きみは、ぼくの傍らで、浮き輪を枕にして、うつ伏せに寝そべっていた。陽に灼けたきみの背。穂膨ほばらんだ小麦のように陽に灼けたきみの肌。痛くなるぐらいに強烈な日差し。オイルに塗れ光ったきみの肌。汗の玉が繋がり合い、光の滴となって流れ落ちていった。眩しかった。目をつむっても、その輝きは増すばかり。ぼくの目を離さなかった。短く刈り上げたきみの髪。きみのうなじ。一段と陽に灼き焦げたきみのうなじ。オイルに塗れ光ったきみのうなじ。光の滴。陽に照り輝いて。きみの身体。きみの肩。きみの背。きみの腰。光の滴。みんな、陽に照り輝いて。トランクス。きみの腕。きみの脚。きみの太腿。きみの脹ら脛。光の滴。みんな、みんな、陽に照り輝いて。
 
ただ、手のひらと、足裏だけが白かった。
 
 おもむろに腰をひねって、ぼくはきみの背中にキッスした。すると、きみは跳ね起きて、ぼくの身体を休憩台の上から突き落とした。なまぬるい水。ぼくは湖面に滑り落ちた。すりむいた腕、きみに向けて、わざと怒った顔をして見せた。きみは口をあけて笑った。その分厚い唇から、白い歯列をこぼしながら、笑っていた。

きみの衣装は裸だった。

 口のなかに残ったオイルの味。きみの汗が入り混じったオイルの味。鳶色の波間を浮き漂う水藻の塊。ぼくは、そいつを引っつかんで、きみの胸に投げつけた。目をむいて、払いのけるきみ。その仕返しに、浮き輪を投げ返すきみ。きみの投げた浮き輪は、ぼくの頭を飛び越えて湖面に落ちた。きみは、無蓋の笑顔で、ぼくを見下ろした。ひと泳ぎ。湖面に踊る浮き輪、腕に引っかけて、ぼくは休憩台に戻った。ぼくは、きみのいるところに戻った。

 ぼくは、きみの身体を抱きしめた。胸を離すと、きみは眩しげに目を瞬かせた。振り向くと、湖面に無数の銀色の光が弾け飛んでいた。ピチピチと音を立てて弾け飛んでいた。まるでストロボライトのきらめきのように弾け飛んでいた。ぼくは、きみの身体を抱いて、湖面に飛び込んだ。

湖面で蒸発する光のなかに。



自由詩 反射光。 Copyright 田中宏輔 2023-04-17 00:34:08縦
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