『もんじゃ焼き』を責めないで
秋葉竹


もんじゃ焼きは

食べたことがない

お好み焼きと云えば
当然
『普通の』
お好み焼き。

キャベツ山盛りの
モダン焼きでもないのに
うっすいお好み焼きっぽいのに
焼きそば入れて
それが
『普通の』
お好み焼きって称してるのって

なんか、
噴飯もの。

いや、べつにそれが
嫌いとかじゃなくて
日によっては
それを食べたいなぁって
想う日も
あったり、するよ。

ただ、
それは
『広島焼き』でしょ?

それを
お好み焼きって
言い張る意味がわからない


いや、
たとえば、ですよ


広島ってところに行って
街をブラブラ歩いてたら


お好み焼き屋は多いだろうけど
そこに
『大阪焼き』
って看板立ててやってる店って
あるのかなぁ?
って話ですよ。


ほら、
『たこ焼き』は、
『たこ焼き』で、
明石でやってるつけ麺みたいなヤツは
ちゃんと
『明石焼き』って
云うでしょう?
(えっ?もしかして
明石へ行ったら、
『明石焼き』のことを
『たこ焼き』と云ったりするのかしら?)
(ほんまそうなら、こ、怖すぎやで郷土愛)

『明石焼き』が『明石焼き』であるように
『広島焼き』は『広島焼き』やのに

なぜ、ごく一部の
わけのわからない人たちは、
『広島焼き』こそ
『お好み焼き』やって、
わけのわからない主張をするのでしょう?

『たこ焼き』ちょうだいって
注文して
『明石焼き』が出てきたら
これ、ちゃうやんって

云うでしょう?

おんなじやん、

『お好み焼き』ちょうだいって
注文して
「キャベツ焼きそば」が出てきたら

これ、ちゃうねんって

云っちゃいます。


い、いや、味はいいんですよ、
『広島焼き』も、
好きですよ?


ただ、あれは、『広島焼き』で
いいんじゃないかと?




そういえば、
『シン・エヴァンゲリオン』みて
久しぶりに
トージの関西弁聴いて、
関西弁へのオマージュ弁なんかなぁ?
とか
いくらなんでも
はずれすぎてるから
ワザとああいうイントネーションに
してるんやろぉなぁと
想ったけど。

過去の名作アニメ持ち出して悪いけど
『じゃりン子チエ』の大阪弁は
完璧やったなぁ、
ま、地元の人(たとえば大阪芸人)が
声優やってたってだけの
ことなんやけどね。



長くもねー人生、
いろんなことを
楽しみたいけれど、

今までに経験したことのないことも
やってみたいと
想ったりもするけれど

人生で
未だかつて食べたことのない
『もんじゃ焼き』を食べちゃいたい
(これ、いつももまようんよ)
食べたいちゃい?


ま、いくら、なにに、迷おうが
食べたいと
想うことだけは
たぶんない。


そもそも論で。


冒険心が、足らんのよ。
じぶんのせっまい世界に
しがみついて、さ。

生きることって、
冒険でっせ?

でなきゃ死んだように、
生きつづける日々が
つづいて、行きまっせ?


えっ?

そーなん?

なら僕は、
意を決して、

『広島焼き』のことも
『お好み焼き』って
呼んであげる、よ

でも、ね、

どんなけ、意を決して、もね?

『もんじゃ焼き』は、

食べられない、かも。


だって、関西人だもの。








自由詩 『もんじゃ焼き』を責めないで Copyright 秋葉竹 2023-04-01 13:50:01
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