四月になると
田中宏輔


順番がきて
名前を呼ばれて立ちあがったけれど
なんて言えばいいのか、なにを言えばいいのか
わからなくって、ぼくはだまったまま
(だまったまま)うつむいて立っていた。

しばらくすると
後ろから突っつかれた。
突っつかれたぼくの身体は傾いて
一瞬、倒れそうになったのだけれど
身体を石のように硬くして(かた、くして)
傾き(かたむき)ながらも立っていた。

(教室の隅にある清掃用具入れの
  ロッカー、そのなかのホーキも傾いているよ。)

先生が、すわりなさいとおっしゃった。

後ろの席の子が立ちあがった。

ぼくは机のなかに手を入れて
音がしないように用心しながら
きょう、配られたばかりの教科書を
一ページずつ繰っていった。
見えない教科書を
繰っていった。

……級友たちの声が遠ざかってゆく
遠ざかってゆく、遠くからの、遠い声がして、
ぼくは窓の外に目をやった。

だれもいない(しずかな)校庭の
端にある鉄棒に(きらきらと)輝く
一枚の白いタオルがぶら下がっていた。

ぼくのじゃなかったけれど
あとでとりに行こうと
(ひそかに)思いながら
見えない教科書を繰っていった。

だれかが
下敷きに光をあてて
天井にいたずらし出した。

ひとりがはじめると
何人かが、すぐに真似をした。

天井に
いくつもの光が
踊っていた。

ぼくは、教科書を逆さに繰っていった。

光が踊るのをやめた。

ぼくの列が最後だった。

先生が出席簿を持って
出て行かれた。

新学年、新学期
はじめてのホームルーム。

春の一日。

まひるに近い
近い時間だった。


自由詩 四月になると Copyright 田中宏輔 2023-03-20 00:01:07
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