それが一匹、目の前にいる
印あかり

それが一匹、目の前にいる

それは狂暴ではなく、捕獲も容易だが
肉が硬く、臭くて食べられない

猫や犬のように見た目が可愛くもなく、
吃驚するほど大量の餌を必要とするので
飼育にも向かない

目に映るもの何でも食い散らかしてしまう
この辺りの人たちにとっては困り草だ


それにとって、あれは天敵である
あれは光輝く毛並みと、
人懐こい笑顔を湛えていて、
この辺りの人たちにはとても好かれている

しかしその眩しさゆえに影が濃く、
うっかりあれの影をまじまじ見つめてしまうと
足を喰われて帰ってこられなくなる


それはこちらをじっと見ている
毛を逆立て、目を凝らし、耳を澄ませている様子だ

わたしは彼を抱き抱えようとした
バクリ、思いもよらなかった力で
人差し指が喰われた

でもわたしは怒る気持ちになれなかった
流れる血で、彼の絵を土に描いた


遠くであれが鳴く声が聞こえた
わたしとそれは暫く見つめあっていた
やがてそれはわたしの描いた絵の上で丸まり、
眠りはじめた



自由詩 それが一匹、目の前にいる Copyright 印あかり 2023-03-18 15:44:13
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