時計台
由比良 倖
1
みんな遊んでいる。時計台の中で。
表玄関に庭があり、それが道路に溶けていく。
僕はそれを何処までも歩いていった。
結局僕は昔も今も、お風呂に浸ったままだ。
全身が水ぶくれになって、溶けてしまうまで。
僕は読書をしている。
本のことをギリシャ語では一枚の布と言うそうな。
僕は糸を引っ張って、布を解いている。
そして時間稼ぎをしている。
みんな時計台の中で遊んでいる。
蝶がひらひら、光になって飛んでいる。
誰かが「きれいね」と言ったので、僕は蝶を捕まえる。
そしたら誰かが笑った。
割れるような寂しい音で、
鐘が鳴る。
2
虫かごを持った子供たちが庭を走っていく。
僕は、子供の頃の夢を見ている。
鉢植えが倒れている。
雨と海の楽しげな宇宙の中で、
僕は書庫にとどまっている。
遺書をタイプしている。
((光の蝶を手放すと、誰かが「……」と言う。
((僕は振り向かない。
糸を解き、糸を編み、
誰かのために、僕は手紙を編み続けている。
悲しむほどに日は暮れていく。
書庫は美しく、淡く、カラフルで。
僕は糸を編む。ひとりぼっちで。
プラスチックがことに優しい。
……血で切手を貼ろうと思う。
いつか、僕の言葉を訪れる誰かに宛てて。