空から何かが
岡部淳太郎

空から何かが落ちて来る
そう思って心配して
夜も眠れない男がいた
周りの人々は男に対してそんなことはない
それは杞憂に過ぎないと言うのだが
男は相も変らず空から何かがと言って脅えるばかりだった

一年が経ち二年が経ち十年が経った
男が脅える何かはいっこうに落ちて来る気配がなかった
それでも男は空から何かがと言うばかりだった
その間も眠れずにいた男は そのために
通常よりもひどく年老いてしまい
夢を忘れたために生活もままならなくなっていった

やがて雨や雪や自殺者や桜の花びらばかりが
落ちて来るだけでそれ以外の何かが落ちて来ることもないまま
男は死に 永遠の叶わない夢のなかに落ちていった
人々はそんなふうに空から落ちて来るもののことを
脅えて過ごした男がいたことなど忘れてしまい
日々落ちて来る雨や雪や自殺者や桜の花びらをよけるのに懸命だった

私は待っている
私自身がこの星の重力に負けて 落ちてゆくのを
私は恐ろしい それゆえ
私の存在に脅えた男がかつていたのも当然のこと
もうすぐだ もうすぐ私は落ちて
この地にどんな人も体験したことのない災厄をもたらす



(二〇二二年八月)


自由詩 空から何かが Copyright 岡部淳太郎 2023-03-12 22:14:37縦
notebook Home 戻る