擬似飛行
塔野夏子

頁をひらくと
耳鳴りがするので
そこに並んでいる言葉たちは
音を失くしてしまう

不定形の窓から
私がこぼれる
こぼれたのは
   まだ私である
   もう私ではない

ゆらめき
狂いゆく平衡感覚での
擬似飛行

擦り切れた海がひろがる
霧が私を掠める

   まだ私である
   もう私ではない
こぼれながら
擬似飛行をつづけてゆくのは

空中
それとも
水中
いずれにせよ
ゆらめき
狂いゆく平衡感覚で

耳鳴りの向こうに
記憶
あるいは 記憶のようなもの
その波間に
見え隠れするのは
   まだ私ではない
   もの

遠くで円舞曲を踊る双子塔
霧が私を掠める

不定形の窓から
見えていた
観覧車からはぐれたゴンドラ

こぼれたのは
ゆらめき
狂いゆく平衡感覚
擦り切れた海がひろがる

探している
   見つけだすまでは
      決して何を探しているか
         わからない何かを

見え隠れするのは
   まだ私ではない
   もの

耳鳴りが去ったあとの静寂に
ゆっくりと浮かびあがる
言葉たちの透明な輪郭




自由詩 擬似飛行 Copyright 塔野夏子 2023-03-09 12:02:11
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