愛した人よ。
印あかり
愛した人よ。僕は光さんざめく山道を歩いている。
霜が溶けて濡れた土の匂いが、僕らの約束を祝福している。
赤い車は麓に捨ててきた。君をいつも助手席に乗せていた。
僕らは片時も離れ難かった。君の舌は冷たかった。恐らく僕の舌も。
膿んだ心の傷は、君の舌がつねに触れていないと熱くて痛くていられなかった。
額を拭う。汗は生きている証のようで嫌いだ。
朽ちかけの祠の中の地蔵は、細く目を開けている。その瞳の薄暗さに呑まれそうだ。でも僕は約束を果たさなければならないから、神や仏に打ちのめされてはならない。
君は僕に、生きて幸せになってねと言い、次の日には一緒に死んでと言い、
僕は血塗れになった君の指を丁寧に洗い、ひとつひとつに薬を塗ったが、その一方でこの細くて弱くて美しくて醜い指を食い千切って飲み込んでしまいたかった。
何一つ約束を果たさなかった僕も君も。騙し絵を描き続けた。
限りある風船を毎日針で割って、いつか墜ちる日を夢見てとろとろと眠っていたのに。
君の目が、最後に映した光!
肌は生命に他ならない輝きを放ち、唇は青空に触れて、吐息で愛が膨らんだ。
それは僕らにとって初めての約束。
初めてのときめき。初めての。最後の!
愛した人よ。僕は光さんざめく山道を歩いている。
霜が溶けて濡れた土の匂いが、僕らの約束を祝福している。
傷は瘡蓋になったよ。舐めるのが良くなかったんだ。
だけど痛みが無くて毎日肺いっぱい呼吸できることを罪だと感じてしまう、僕は、
不幸であることも幸せだったんだ、
今、約束を