カ行が大事
ゼッケン

いまでも隊長の口癖を覚えている
カ行が大事
そして、その晩にはこう付け足した
こういうついてない時には、特に
たしかにその晩のチームは不運だった
おれと隊長は二人で侵入したビルで爆破テロに巻き込まれた
この企業の経営者はずいぶんと敵が多いという噂だったが、
多いだけでなく性質も悪い勢力に憎まれたらしい
ドローンではこれだけの爆薬量は運べない
ミサイルだろう
ビルの地上部分は完全に倒壊したかもしれない
おれたちはまだ地下からの侵入経路の途中で爆撃の直撃は免れた
暗闇の中で隊長がおれを呼んだ
先生、動けるか?
隊長はおれのことを先生と呼ぶ
おれのヘルメットの照明は瓦礫が当たって割れていた
手作業用のペンライトを探してつける
極小の範囲の光の輪で嘗め回す
奇跡的な瓦礫のすき間に自分たちがいることを確認する
おれは横たわった隊長のそばまで這って移動する
隊長の左の膝から下はコンクリートの塊の下敷きになっている
隊長の顔は白く濡れていて明らかにショックを起こしている
先生、アドレナリンは?
不自由な恰好でリュックを身体の前に引きずり出し、手を突っ込む
ごめん、忘れた
隊長は軽く笑う、だから、カ行が大切なんだ
カ行が何なのかは直接聞いたことはないだが、おれと隊長のふたりの仕事の性質上、おれなりの大事なカ行はある
考える、緊張感、苦しむ、健康、呼吸
隊長が気を失う前にそう言うともう一度軽く笑って言う
先生、おまえは小さいときから頭でっかちでこの仕事には向いていなかった
むりやり後を継がせて悪かったな
カ行はサ行の前だ
もう気を失うから、その間に始末して逃げろ、じゃあな
気絶した隊長におれは毒づく
ただの親父ギャグに二十年も勿体つけやがって
だが、おれも隊長を騙した
緊急医療キットを忘れるはずがない
それぐらいはおれも心得ている、おれは隊長の息子だ、作業のまえの準備はいつも万端だ、父さん
おれはリュックの中から金鋸を取り出す
気絶してもらっていた方が作業がやりやすい

母親と姉の救助チームがおれたちのところまで辿り着いたとき、
膝下での切断は終わって、おれは止血の具合をもう一度確かめていた
隊長は麻酔で眠らせた。おれひとりでは意識のない隊長を連れて出発点まで戻ることは不可能になるが、おれは必ず助けが来ると分かっていた
これはファミリービジネスだからだ

隊長は引退して、いまではおれの子供たちに船長と呼ばれている
どういうわけか海賊は片足が多いからだ


自由詩 カ行が大事 Copyright ゼッケン 2022-11-23 16:09:18
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