ふるる

友よ、と言った君の声をこの耳は聞いた
この耳を大切にしたい
けれども声はすぐに去っていった
彼方へ、とあの人も言った
あの声をそっと眺めていたい
けれどももうここにはなく

日々打ち上げられ花開き、瞬く間に散る声たち
愛おしくても眺めたり束ねたりはできない
ボイスレコーダーには口も舌も体温もないのだから

自らを押し込めている身体から唯一
自由にどこへでも行けるのは声だけ
空気を震わせた波は伝わるだろう土星の裏側にも
熱く
燃えているのは心だったけれども
言葉はじゅうぶんに冷えていた

冷淡なのとは違う
何も余計なものを乗せない注意深さがそうしている
友よ、との呼びかけがここにあった
寒さにかじかむ指と共に
暑さに憂える瞳と共に

危ない淵に立っている
沈黙すれば動き出すものが必ずある

一度も呼ぶことのない名は
めまいするほどあり
めくるめくのは月日ではなく声自身だ
僕と君の名もありふれてはいるが呼ぶ者はさほどいない
ささくれた毎日に置かれる友の
友よ、と言ったその声は
今は彼方

激しく動いている
話す言葉がとめどなく溢れてあちこちに飛び火
火傷や痛みがあらたまって言う
君はまだここにあっていい
明日も

見えるはずのない音と音が
ぶつかって火花を散らしたから
底がやけに明るいのだという
ふつふつと湧く泉に顔をつけてついでに喉を鳴らす
冷たい、聞こえる、身体の中の声は声を連れて来る、
言葉が言葉を連れて来るように

この耳を大切にする
そっと手を添えて漏らさないように
そういう生活の仕方があるはずだ
いい時間だ、出発する、と君やあの人(たち)は言った
もうここには来られない
お別れの握手のかわりに
友よ、と言う声がする

また再び会う日まで
とその声は言った
振り返ると彼方に続く道があり

声は僕(たち)の周りをひとなでして去って行った





自由詩Copyright ふるる 2022-10-26 16:47:05
notebook Home 戻る  過去 未来