自由律短歌雑詠(2022年9月)
朧月夜
言葉しか、綴れないよと言っていた。その言葉すら、手のひらから逃れ。
この痛み、続くのは幾月か。病のなかに、ふと訪れる安らぎ。
階段を降りて、母と二言三言。犯すべくなき、領分があり。
空高く飛べると、君は言っていた。いつかの歌に、迷いは消え。
紫陽花がまだ咲き残っている。父が起きるより、早く目覚め。
暁の前に自由な時間があり、わたしはただわたしを労わる。
眠れぬ夜、朝は目覚めとは遠く。もう一日の痛みが始まる。
洗濯物、母が干すのを取り上げて、「いいよ、いいよ」とただ言う娘。
曇り日の湿気も多い朝かな。ぐるぐるぐると頭は周り。
テーブルの上に、洗っていないコップ。キッチンは母の領土だからね。
一日(=ひとひ)一日、川べりの道を歩いてゆく。彼岸は向こう、雲はここ。
桜の落ち葉、桜の落ち葉、いずこへ? 風に吹かれて、どこまでも飛んで。
カラスが鳴く。山に子はあるのかえ? その賢さで我をみちびけ。
眠れぬ夜。いいえずいぶん眠ったじゃない。猫のように、夜に生きる。
秋風が、もう秋風が肌を撫でる。薄着の隙間に、冷たさをそえて。
かみ合わないよ、母との会話。老いとは残酷でもあり、無垢でもあり。
夜の嵐。わたしは待っている。いつか世界を壊してくれること。
再生の思い、誰もが持っている。行くか行かないか、決断はひとつで。
ごめんね、みんなの思いを見ていないんだ。人それぞれという諦観のために。
宇宙は目まぐるしく変わっていく。その中の一粒。その中の一滴。
秋雨の空に、鶏頭は花を咲かせ、孤独な思いも、いつか溶け行く。