宮村さん
ちぇりこ。

まだ、地域猫と言う概念のなかった遠い昔、
ぼくの住む小さな漁村にキジトラの、年老いた猫がいた、猫、と呼ぶにはあまりにも堂々とした体躯、しなやかさ、とはかけ離れたふてぶてしいcat walk、ぼくはその猫を密かに「宮村さん」と呼んでいた、宮村さんは漁師の家々の間口から間口へ、漁で上がった魚の*しごー(方言で、処置、整理、片付け、ここでは魚を下ろすの意)した後の捨てる部位を貰ったり、時には夕飯のおすそ分けを頂いたり、漁師たちは、宮村さんが来ることを想定して、玄関の戸を少し開けていたり、宮村さんの居る風景は、漁村の一部だった、漁村そのものが宮村さんだった

よく晴れた日、乾いたセメントの上、宮村さん仰向けでゴロン、背中を左右にイゴイゴさせている、ぼくと目が合うと、声を出さずに「なー」と言う

宮村さんの出生はわからない、おそらく捨て猫だったのだろう、とある漁師の証言だ、ここは小さな漁村だけど、鳶、烏、鴎に野良犬、命を刈り取る捕食者には事欠かない、そのような過酷な環境を十年以上も、宮村さんは自らが捨てられた身でありながら、ひとつ歳をとる毎に、何かをひとつ捨ててきたのだろう

夕方のTVのニュースでは、偉い政治家の人が、黒いピーナッツを捨てたと言っていた、お母さんは食い入るように観ていた、大人という難解な生き物が、何を言っているのか、幼いぼくには解らなかった、水木しげるさんの本に「猫は三十年生きると、猫又という妖怪になる」と書かれていた、ぼくは三十年生きる間に何を捨てていくのだろう

宮村さんは、あと二十年足らずで猫を捨てる
猫又になる



自由詩 宮村さん Copyright ちぇりこ。 2022-09-29 11:23:47
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