廃線跡
妻咲邦香

私が走らせた蒸気機関車は、よく知る町を通り抜け
床屋の駅を出発し、歯医者の駅を通過して
商店街が途切れた所で、踏み切りとぶつかった

動けなかった
驚いて見上げた先に
もっと大きな蒸気機関車が止まっていたからだ

見知らぬ町を目指す筈の、本物の機関車
乗せていってはくれないか
かわりに私の町を見せてあげよう

友だちに話しても信じて貰えない
父や母にも笑われた
とっくの昔に廃止された蒸気機関車
私にだけ見えたその姿は、決して夢なんかじゃない

見惚れていた
固唾をのんで声も出せずに
その圧倒的な存在感
止まっているにも関わらず、絶えず煙突から煙を吐き続けていた
走っていないのにどうしてだろう?
しばらく考えていた

あれ以来、町を歩いていると、ついつい足元に線路を探してしまう
ある筈のない路線
駄菓子屋はコンビニに、桑畑は駐車場になった
迷い込んだ小さな蒸気機関車が
立ち止まる

誰を乗せようか
何処を目指そうか
考えているうちに、何者かが私の顔を見上げている
子供だろうか
すぐ傍ら、驚いた表情で覗き込む
暫くは動けないといった様子で

私の蒸気機関車
私にだけ見えた姿で
今は何処を走っているのだろう
真っ直ぐに前を見る
途端に線路が見えて来た



自由詩 廃線跡 Copyright 妻咲邦香 2022-09-17 11:45:56
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