フィドル
妻咲邦香

なり損ねたものがあるなら
駅の売店でアイスでも何でも買って
座る席も無いから
しばらくは開かないドアの手前
流れる景色を見送りながら
さよならとも
うんともすんとも言わないで

ああその駅までは
その駅に着くまでは
こうしていようかなと
思ったけど
思っただけで

輝いていたのはどれも欠片
私もそれになりたかったけど
視界が切り取るものはどれも美しいから
立ち止まってはくれないの

心の中でさえ
ましてや言葉なんかじゃ引き止められなくて
たぶんそれは、弾くことが叶わなかった歌だから

遠ければ遠いほど、止まって見えるんだ
だから貴方のいるその場所からは
止まって見えるんだよね

きっと

ああその駅までは
次の駅に着くまでは
このままで、こうしていたいけど
運ばれながらもまばたき一つで
今日は何度も世界を終わらせたから
形を与えられなかったものは残らず消えて
私もそうなりたかったけど

なれていたかもしれないけど


自由詩 フィドル Copyright 妻咲邦香 2022-09-05 10:51:08
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