2019年10月 東京都大田区 台風19号
松岡宮

2019年10月12日の台風19号によって、田園調布のまちは大田区では最も大きな浸水被害のあった町内となった。
田園調布といっても高台にある3丁目とは違い、4丁目と5丁目の一部は川のそばにある。
多摩川も泥水でたぷたぷ溢れて氾濫しそうだったが、水があふれ出したのは支流の丸子川からだったそうだ。
あの夜、丸子橋交差点から、「二子玉川に向かう多摩堤通りは通行止めです」という警察官の声がひっきりなしに聞こえていた。
古いスマホから聞きなれない警告音がつぎつぎに鳴り響いた。
避難勧告、そして避難指示、危険度がだんだん高まる。
川のようすを見にゆけば、見たことのないような水位の高さ。
川の中央から生えていた逞しい木が濁流にのまれている。
河川敷に住む人、砂場に出来たアリの穴、遊具に花壇、砂場のスコップ、子供が忘れたオモチャやボール、みんな、みんな、どうなってしまったのだろう。
自分の住居は低層ではなかったので避難は考えなかったが、朝起きたら町が水浸しになっているかもしれないという恐怖はあった。停電や断水を覚悟した。
実際、川の向こうの新丸子や武蔵小杉では雨水による浸水被害が大きく、「かわさき市民ミュージアム」などなじみのある場所もかなり浸水被害が出た。
率直にいって自分には危機感がなかった。
市民ミュージアムが「川のそば」だという認識もなかったし、自分の住む町が浸水するとは思わなかった。
生活していてわずかな標高差が生死を分けるなんて思いもよらなかったし、地盤の良し悪し、ポンプの役割、地下水や上下水道の流れなんて、想像したことがなかった。
水害の恐怖がこの身に沁み込んだ。
この世に水はある。
この世に空気があり、そして風がある。
人体に血管があり血圧があるように、国土も生き物であり天候に影響を受ける水脈や風の通り道がある。
きっと、東京都大田区と神奈川県川崎市はひとつの地である。
そのひとつの地が、川に削られ高低差を生じ、ときに水に浸かることがある、おなじ川から、おなじふうに、わたしたちは、注がれる、涵養される、栄養される。
これからも川のようすを見にゆこう。

(松岡宮「東京フリマ日記」第5章「台風」より)


自由詩 2019年10月 東京都大田区 台風19号 Copyright 松岡宮 2022-08-15 01:39:19
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