詩の日めくり 二〇二一年六月一日─三十一日
田中宏輔


二〇二一年六月一日 「エイン博士の最後の飛行」


 ニーヴンは大好きなSF作家で、翻訳されたものは、すべて読んだけれど、いま、部屋の本棚に残っているのは、カヴァーが好みのものだけで、『ガラスの短剣』と『不完全な死体』と合作ものの『天使墜落』上下巻のみ。そのどれもが、死ぬまでに、もう一度読み直そうと思っているものだ。 https://pic.twitter.com/LNjgSQVEpG

『ガラスの短剣』は短篇集で、魔法もののところだけ、何か月前かに読み直したけれど。

 アンソロジー『ギャラクシー』下巻の5作目は、ジェイムズ・ティプトリー・ジュニアの「エイン博士の最後の飛行」白血病ウィルスの変異種にかかっていたエインン博士は生きてるあいだ、ウィルスをそこらじゅうにまいて死んだ。とても自分勝手に。この作品は憶えていた。

 6作目は、「〝〈ギャラクシー〉・ブック・シェルフ〟より」「わたしたちのうちの或る者が捉えそこなっているらしいのは、生活が根本的に、そしてサイエンス・フィクション的に、変化してしまったということだ」(野口幸夫訳)サイエンス・ブックをレビューすることが本作品の趣旨らしい。していない。

 7作目は、シオドア・スタージョンの「ゆるやかな彫刻」これはサンリオ文庫の『スタージョンは健在なり』にて「時間のかかる彫刻」というタイトルで読んでいたもの。男は女の腕にカリウムの注射をして、彼女の癌を治した。ゆるやかな彫刻とは、盆栽のこと。さいごの一行に、ぼくがコレクションしている言葉があった。「きみの名前は?」(伊藤典夫訳)。

 8作目は、R・A・ラファティの「秘密の鰐について」秘密結社の「鰐の口」に関するさまざまな言説。いつものラファティ節が吹き荒れる。しっちゃかめっちゃかの記述。全体を把握するなんて無理。部分部分の言葉の感触を味わう感じで読み通した。才能なのかな。一種の散文詩のようなものと思えばよい。

 9作目は、ハーラン・エリスンの「冷たい友達」病院に入院していて死んだと思ったら、生き返った。どこにも人間の姿が見えなかった。しばらくすると、バイキングだとかいろんな人間が襲いかかってくるが、攻勢に出るとみんな逃げ去る。ひとりの女が出現する。この世界をつくったのは、わたしだという。手を出そうとすると、拒絶する。愛しているわと言ったのに。逃げ去る女。追いかけたが、消えてしまっていた。女は、主人公が高校生のときの同級生の醜い女だった。一度だけ、やさしく接したことがあるだけだった。

 10作目は、アーシュラ・k・ル=グィンの「革命前夜」72歳の老婆が主人公。若いときは革命運動家。偉大な書物の著述家でもある。いまも彼女のもとに訪ねてくる学生たちがいる。いまも各地では蜂起も辞さじという状態だ。スピーチをしてくれるようにも頼まれる。しかし、老いたのだ。大いに。

 11作目は、フレデリック・ポール&C・M・コーンブルースの「ガリゴリの贈り物」ぼくの好きな文章がある。「わしは寄せ波にプカプカうかぶプラスチックびんを見るのが好きだ。よくわからんが、なんだか自分が、永久に残るものの一部になったような気がする。きみに伝えてもらいたいのは、この感情だ。さあ、もどって短報の仕事を片づけろ」(浅倉久志訳)主人公は、一四七五二・〇三ドルの支払いをしなければならない男で、その借金は妻が、妻の兄の保証人になったことからくるものだった。主人公は、「片づけろ」と社長に言われる会社員。プラスチックを扱っている。ガリゴリは極微の宇宙人。主人公の家に宇宙船で潜入しているが、小さすぎて見えない。プラスチックからアルコールをつくるものを、ガリゴリは主人公宅に置く。借金で行き詰っていた主人公は、プラスチックからアルコールをつくる方法を使って、借金を帳消しにし、おまけに会社では出世し昇給までする。

 12作目は、ジョン・ヴァーリイの「汝、コンピューターの夢」記憶がすべてメモリイ・キューブに入る。脳の外科手術でそれが可能になった世界。手違いで、手術中の身体が行方不明になってしまった男が主人公。コンピューター内で過ごす時間と実時間は1年と6時間の違いをもたらせる。どう過ごすか? どう過ごしたか? 発狂もしないで、コンピューターのなかで長時間過ごすのは難しい。主人公は苦手だったコンピューターの勉強をする。コンピューター内で1年を過ごして勉強した。身体が見つかったのは、実時間で6時間後だった。

 さいごに収められた13作目の作品は、アルフレッド・ベスターによるエッセイ、SF雑誌ギャラクシーの編集長だったホーレス・ゴールドとの思い出話。

 きょうから寝るまえの読書は、『ロシア・ソビエトSF傑作集』上巻である。これまた再読だが、目次を見て、収められている5作品のうち、アレクサンドル・ボグダーノフの「技師メンニ」1作品だけが傑作だったことを憶えているのみで、その内容は忘れてしまっていた。 https://pic.twitter.com/se8iaaRNzh

 いまから夜食を食べる。サッポロ一番の塩ラーメンである。インスタント・ラーメンはいろいろ食べたけれど、これがいちばん、おいしいかな。
https://pic.twitter.com/GLaK60w6wq

@rr0101kt 出来上がりに、ラー油を4滴ほど入れて食べます。


二〇二一年六月二日 「高柳 誠さん」


 内容がまったく同じなのに、カヴァーとタイトルが違うだけで、Amazon での底値が99円と9371円という違いがある、アルフレッド・ベスターの短篇集『ピー・アイ・マン』と『世界のもうひとつの顔』古書値、狂ってる。

https://www.amazon.co.jp/%E3%83%94%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%82%A4%E3%83%BB%E3%83%9E%E3%83%B3-%E5%89%B5%E5%85%83%E6%8E%A8%E7%90%86%E6%96%87%E5%BA%AB-%E3%83%BB%E3%83%99%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%BC/dp/4488623026/ref=sr_1_1?__mk_ja_JP=%E3%82%AB%E3%82%BF%E3%82%AB%E3%83%8A&dchild=1&keywords=%E3%83%94%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%82%A4%E3%83%BB%E3%83%9E%E3%83%B3&qid=1622586104&s=books&sr=1-1

 そら、『ピー・アイ・マン』より、『世界のもうひとつの顔』のほうが、カヴァーもタイトルもええけどね。

https://www.amazon.co.jp/-/en/%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%83%95%E3%83%AC%E3%83%83%E3%83%89%E3%83%BB%E3%83%99%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%BC/dp/4488623034/ref=sr_1_3?crid=3USTVS36ZSZR9&keywords=%E4%B8%96%E7%95%8C%E3%81%AE%E3%82%82%E3%81%86%E3%81%B2%E3%81%A8%E3%81%A4%E3%81%AE%E9%A1%94&qid=1660407480&s=books&sprefix=%E4%B8%96%E7%95%8C%E3%81%AE%E3%82%82%E3%81%86%E3%81%B2%E3%81%A8%E3%81%A4%E3%81%AE%E9%A1%94%2Cstripbooks%2C323&sr=1-3

 T・J・バスの『神鯨』なんて、Amazon で、いま底値が、38692円もしてるしね。狂ってるとしか言えない。

https://www.amazon.co.jp/%E7%A5%9E%E9%AF%A8-%E3%83%8F%E3%83%A4%E3%82%AB%E3%83%AF%E6%96%87%E5%BA%AB-SF-312-T-J-%E3%83%90%E3%82%B9/dp/4150103127/ref=sr_1_1?adgrpid=120952844844&dchild=1&hvadid=506487163167&hvdev=c&hvqmt=e&hvtargid=kwd-333833405003&hydadcr=27305_11363395&jp-ad-ap=0&keywords=%E7%A5%9E%E9%AF%A8&qid=1622587593&sr=8-1

 高柳 誠さんから、詩集『フランチェスカのスカート』を送っていただいた。改行詩はひとつもない。すべてが散文詩だ。ひとつひとつが独立したものであるが、連作と思われるものもある。構築された作品世界はすべて強固な構造をもっている。読み手にしっかりと情景を思い浮かべさせるものだ。見事だ。
https://pic.twitter.com/TuvwlHUAGy


二〇二一年六月三日 「四三三八年」


『ロシア・ソビエトSF傑作集』上巻1作目は、ウラジーミル・オドエフスキーの「四三三八年」西暦4338年のロシアが舞台。理想化された共産主義文明。20世紀の知識などは失われている。紙が傷んでいて、20世紀までの文献がほとんど残っていないという設定。官僚がとてもすばらしい人間たちであると書かれてある。

 2作目は、ニコライ・モロゾフの「宇宙空間の旅」さいしょは地球最初の月面着陸からはじまって、月面のクレーターが隕石によってできたものであることを確信する話や、月の表面近くに空気があるとの記述が見られるが、さいごのところで、これらが獄中で書かれた想像の話であることが暴露される。


二〇二一年六月四日 「英雄たちと墓」


@cell_44 サバトの『英雄たちと墓』は、ぼくが読んだ本のなかで最高にすばらしいものでした。


二〇二一年六月五日 「液体太陽」


 3作目は、アレクサンドル・クプリーンの「液体太陽」太陽光線を集めて液体状にする装置を発明した卿だが、人間に対する諦めから、実験を失敗に終わらせる。装置は大爆発してしまう。卿は生き残った。イギリスに渡った。

 4作目は、アレクサンドル・ボグダーノフの「技師メンニ」記憶では傑作だったのだけれど、読み直したら、火星人版の単なる階級闘争の話だった。さいごに主人公の息子が科学の万能組織法を発見するところで終わっている。作者の創作の主意は、階級闘争の果ての科学の勝利だといったところだろうか。

 上巻さいごの5作目は、ワレーリイ・ブリューソフの「生き返らせないでくれ」魔術研究所では、人格の再生を行っていた。いまは3体の再生者がいた。ひとりはヘーゲル、いまひとりはニノン・ド・ランクロー、そして、イスカリオテのユダだった。主人公は自分だけは生き返らせないでくれと頼んだ。

 きょうから寝るまえの読書は、『ロシア・ソビエトSF傑作集』下巻である。これまた再読だが、目次を見ても、さっぱり思いだせない。しかし、作家のブルガーコフやベリャーエフの名前は知っている。『巨匠とマルガリータ』や『犬の心臓・運命の卵』を読んでるし、ベリャーエフは短編集『第十番惑星』を持っている。
https://pic.twitter.com/bFN2ifTAsH


二〇二一年六月六日 「五人同盟」


『ロシア・ソビエトSF傑作集』下巻の1作目は、アレクセイ・トルストイの「五人同盟」月を爆破して、株価を暴落させ、世界を恐慌に陥れようとした五人の人間がいる。月は割れて7つに分解した。ひとびとは恐慌に陥るどころか、躁状態で、おだやかに過ごしていた。五人は、こんなはずではなかったと思うが、世界は躁状態だった。

 2作目は、ミハイル・ブルガーコフの「運命の卵」半年ほどまえに、新潮文庫の『犬の心臓・運命の卵』を読んだのだけれども、まったく憶えていなかったので、もう一度、この『ロシア・ソビエトSF傑作集』の下巻で読み直そうと思う。叙述がユーモアたっぷりなので、読んでて楽しい。動物学の教授が主人公。蛙の卵にあてた赤色の光線が、卵の繁殖力を驚異的なものにした。一方、ソビエトの鶏が病気になり、卵が孵らなくなってしまった。そこで、鶏の卵に、この赤色の光線をあてて雛を孵そうとしたのだが、届けられた卵はアナコンダの卵だったのである。10メートルのアナコンダ。そこに鰐も異常な繁殖力をもって、ひとびとを襲ったのであった。軍隊も出動したが、人民に多大な被害をもたらせるばかりであった。ひとびとは教授のせいだと言って、大学の研究所を襲い、教授を殺した。アナコンダや鰐たちは、冬になると死んでしまった。寒さに弱かったのである。これで話はおしまい。


二〇二一年六月七日 「インフェルノ─SF地獄篇─」


 ラリー・ニーヴン&ジェリー・パーネルの『インフェルノ─SF地獄篇─』が届いた。これも、寝るまえの読書にしよう。『ロシア・ソビエトSF傑作集』下巻との二股だ。 https://pic.twitter.com/3KAHYiuI4b

@kohimon デニス・ダンヴァーズの『エンド・オブ・デイズ』上下巻はおもしろかったです。『天界を翔ける夢』という作品の続篇ですが、独立しても読めるようになっていたと思います。

@kohimon 近くにあったブックオフがつぶれてしまい、拾い物のない生活をしています。

@kohimon そうですね。あと1冊は、なにを買われたのか、気になります。

@kohimon そうでしたか。ヤングは、やっぱり「たんぽぽ娘」が、彼の最高傑作でしょうね。


二〇二一年六月八日 「髑髏蛾」


『ロシア・ソビエトSF傑作集』下巻の3作目は、アレクサンドル・ベリャーエフの「髑髏蛾」主人公は昆虫学者。アマゾンで髑髏蛾を見るが、捕らえられず、その後ジャングルに15年間ひとりでこもって、さまざまな新種の昆虫の生態を調べていた。その知識は有益な性質のものだった。発見されて町に来させられるが、ジャングルを恋しく思う。

 4作目は、エ・ゼリコーヴィチの「危険な発明」空気中の埃をゼロにする機械が発明された。スイッチが入れられると空気中の埃はゼロになった。しかし困ったことに、埃がゼロになると、雨が普通に降らなくなって、植物が育たなくなってしまった。もとに戻す機械が発明されたが、創った博士は雷で死んだ。

 下巻さいごの5作目は、ゲ・グレブネフの「不死身人間」エマスフェラと名づけられた装置は、装着した人間に完璧なバリヤーを張る。主人公は、はじめ革命にそれを用いることに躊躇していたが、さいごに、どのようなものも、革命と無関係であることに気がつくのであった。

 巻末に訳者によるエッセイが載っているが、ソビエトSFの初期についてのものだった。そういえば、上巻にも巻末に、ロシアSFについてのエッセイが載っていた。どちらも本文の短篇くらいの長さがあって、相当に詳しく述べられたものであった。

 きょうから寝るまえの読書は、『東欧SF傑作集』の上巻だ。これまた再読だが、目次を見ても何も思い出せない。ニーヴンの『インフェルノ─SF地獄篇─』と交互に読んでいくと思う。インフェルノは長篇なので、感想を書くのは一週間くらいかかると思う。いや、いま休みなので早く読み終えられるかな。  
https://pic.twitter.com/807lNHVnZW

 ひさびさの「きみの名前は?」(ラリー・ニーヴン&ジェリー・パーネル『インフェルノ─SF地獄篇─』16、小隅 黎訳、161ページ・15行目)

 いま読み直して見つけたということは、さいしょに、ラリー・ニーヴン&ジェリー・パーネルの『インフェルノ─SF地獄篇─』を読んだときには、まだ全行引用詩の「Hello It's Me。」の構想を思いついていなかったということだな。「きみの名前は?」を引用だけで連呼する詩を思いついたのは。

 また出てきた。「きみの名前は?」(ラリー・ニーヴン&ジェリー・パーネル『インフェルノ─SF地獄篇─』18、小隅 黎訳、186ページ・7行目)


二〇二一年六月九日 「偽の記憶」


 さいきん、記憶のなかに、偽の記憶がまじっていることに気がつくことが多い。論理的に考えると、記憶のほうが間違っていることに気づくということだ。齢をとって頭がボケてくると、この論理的に考えて詰めていくことをしなくなるのかもしれない。ボケることほど怖いものは、いまのぼくにはない。

 ラリー・ニーヴン&ジェリー・パーネル『インフェルノ─SF地獄篇─』読み終わった。ダンテの『神曲』の地獄篇の現代ヴァージョンかな。主人公のSF作家を地獄の出口まで案内するのは、ムッソリーニだったことがさいごのあたりでわかる。ダンテのと違って、ニーヴンの主人公は地獄の出口までは行くが、地獄から出ない。こんどは、自分が地獄の案内人になる決意をする。

 きょうから寝るまえの読書は、フィリップ・ホセ・ファーマーの『デイワールド』の再読だ。『東欧SF傑作集』と交互に読んでいくつもりだ。
https://pic.twitter.com/X5ZjZMxdqY

 しかし、本家のダンテの『神曲』の地獄篇と比較すると、軽い。あまりに軽すぎる。ラリー・ニーヴンがアメリカ人のSF作家だったからだろうか。作り手がイギリス人のSF作家だったら、もっと本家に近く、むごいものになるような気がする。送料別で800円したけど、値段に釣り合わなかったかな。


二〇二一年六月十日 「ココア共和国」


 ジャズを聴いていると、お酒が飲みたくなった。ジミーちゃんを誘って、部屋飲みすることにした。1時間後くらいに到着するはずだから、それまで Thelonious Monk の 「 Live In Paris 1964」を聴いていよう。深泥池で小鹿の首が見つかったらしい。不気味な話で盛り上がろうかなと思っている。

 月刊『ココア共和国』2021年6月号と2020年11月号を送っていただいた。ツイッターを見ていると、よく『ココア共和国』のことが出てくる。執筆者の方のお名前を見ても、よく知っている方もいらっしゃる。投稿も受け付けておられるようだ。最新の詩壇のひとつといったところか。拝読しよう。
https://pic.twitter.com/KY6Ngp57yr

@lzSbTWvooJWritQ 生演奏はいいですね。あとちょっとしたら、友だちのジミーちゃんが部屋に来ますから、ジャズを聴き、きょう届いた『ココア共和国』さんに載っている詩を読みながら、お酒を飲もうと思っています。詩はお酒と相性がいいですからね。楽しもうと思っています。

『ココア共和国』の2021年6月号を先に読んだ。一篇一篇が短篇小説の梗概として読めた。わずか、2ページとか3ページとかで個性が発揮されるものなのだなと思った。ぼくが書くものは長いのが多いので、短く書く方法を忘れてしまったかのような気がした。過去には短いものもたくさん書いたのだが。

『ココア共和国』の2020年11月号を読み終わった。西川真周さんの「拳銃のある風景」と、ぐらさんの「創世記 ヌカの福音書」がとりわけよかった。おふたりとも、ぼくには書けない発想をしておられる方たちだなと思った。


二〇二一年六月十一日 「招かねざる客」


『東欧SF傑作集』の上巻の1作目は、クシシトフ・ボルニの「招かねざる客」西暦1493年の異端審問(審問官の神父が森のなかに姿を消す)と、現在の話(イギリスかフランスのスパイの処刑と巨大昆虫の化け物)と、3593年の話(これがどうにもよくわからないもの)が連続して描かれている。理解できない物語だった。

 2作目は、チェスワフ・フルシチョフスキの「未来のトンネル」友人夫婦と長いトンネルを運転していた主人公の作家が町に着いたときに、医者らしき者に詰問される。ここは宇宙ステーションなのだという説明を受けるが、最後に、主人公らは交通事故に遭って、友人夫婦はまだ意識が戻らないという。

 ジョージ・オーウェルも47歳で死んでいるのか。ペソアやアレナスといっしょやな。47歳で死ぬ文人が多いと聞いていたが、なぜに47歳なのだろうか。

@lzSbTWvooJWritQ 2,3,5,7,11,13,17,19,23,29,31,37,41,43,47。15番目の素数ですね。


二〇二一年六月十二日 「未来の光景──引っ越し」


 3作目は、クシシトフ・マリノフスキの「未来の光景──引っ越し」老夫婦が年金で暮らすために引っ越し先を探していた。地球上では価格が高くて手がでなかったのだが、不動産屋が一軒だけ手ごろな価格で出ているという。完全自動化された最新式の家だった。そこで、宇宙船が発射された。家は消失した。

 ペッパーボーイズが解散したらしい。女性の身体を改造して男の子になってた前田かずのしんって、けっこうかわいいと思ってたんだけど。さらなる展開を期待していたのだけれど、チューブに残ってるものでがまんするしかないのだね。

もっと聴くひとがいてもいいのになあ。

https://www.youtube.com/watch?v=XJbPYR6B8NQ&list=RDGMEM6ijAnFTG9nX1G-kbWBUCJA&start_radio=1&rv=IuUDRU9-HRk


二〇二一年六月十三日 「スロー・リバー」


@kaerumin @m_mamoru 『スロー・リバー』ニコラ・グリフィスは、ぼくもお勧めのレズビアンSFです。Amazon で安く手に入りますので、このさい、多くのひとに知ってもらいたいですね。

@kaerumin @m_mamoru いま採り上げているひとが少ないので、もっと多くのひとに知ってもらいたいです。

@kaerumin @m_mamoru Amazon で、底値1円から出てます。

https://www.amazon.co.jp/%E3%82%B9%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%AA%E3%83%90%E3%83%BC-%E3%83%8F%E3%83%A4%E3%82%AB%E3%83%AF%E6%96%87%E5%BA%ABSF-%E3%83%8B%E3%82%B3%E3%83%A9-%E3%82%B0%E3%83%AA%E3%83%95%E3%82%A3%E3%82%B9/dp/4150112258/ref=sr_1_2?adgrpid=115129608199&dchild=1&hvadid=492521156632&hvdev=c&hvqmt=e&hvtargid=kwd-363148892084&hydadcr=16998_11023294&jp-ad-ap=0&keywords=%E3%82%B9%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%AA%E3%83%90%E3%83%BC&qid=1623652136&s=books&sr=1-2


二〇二一年六月十四日 「デイワールド」


 フィリップ・ホセ・ファーマーの『デイワールド』おもしろかったけれど、結末はよくないと思った。1週間の曜日ごとに、ただひとつの曜日だけ起きて生活し、ほかの曜日は、固定器という装置で眠らされている世界が舞台。主人公は決められた曜日以外にも起きている、掟破りで、なおかつイマーという不老不死の集団に属している。人口が多いからという理由で、曜日ごとに起きている人間の数を限定していたというところがおもしろい設定だったが、そこに秘密結社の不老不死の組織をからめたのもよかった。そのことに気がついた警察官が主人公を追い詰めるというものだったが、警察にもイマーの連中がいて、という複雑な設定だった。

 きょうから寝るまえの読書は、フィリップ・ホセ・ファーマーの短篇集『奇妙な関係』の再読だ。『東欧SF傑作集』の上巻と交互に読んでいく。
https://pic.twitter.com/mMGiNyAGjp


二〇二一年六月十五日 「日知庵」


 ジミーちゃんと日知庵に飲みに行った。帰りに、ぼくの部屋に来て、ちょこっと話をして帰った。


二〇二一年六月十六日 「DUEL」


 Gyao で韓国ドラマの『DUEL』を第1話から第4話まで連続して観てた。警察ドラマだと思っていたら、クローンらしきものが出てきて、SFチックでもある。SFスリラーっぽい。出てくる主役の俳優が渋いのだけれど、ちょっとしたチンピラの親分役の人がぽっちゃりさんでかわいらしい。来週は第5話だ。


二〇二一年六月十七日 「死霊たちの宴」


 創元から出てた『死霊たちの宴』が売れている。上巻は底値が540円で、下巻などは、底値が1円だ。古書の売買はこうであってほしい。健全な値段というものがあるだろう。

https://www.amazon.co.jp/%E6%AD%BB%E9%9C%8A%E3%81%9F%E3%81%A1%E3%81%AE%E5%AE%B4%E3%80%88%E4%B8%8A%E3%80%89-%E5%89%B5%E5%85%83%E6%8E%A8%E7%90%86%E6%96%87%E5%BA%AB-%E3%82%B9%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%BC%E3%83%B4%E3%83%B3-%E3%82%AD%E3%83%B3%E3%82%B0/dp/4488578012?fbclid=IwAR0YvA5DshtxC08gswjrXa6aDrU-dqppVb2bnAEYYHHRtaV6pMk3WZxeVWI

底値1円の『死霊たちの宴』下巻。

https://www.amazon.co.jp/%E6%AD%BB%E9%9C%8A%E3%81%9F%E3%81%A1%E3%81%AE%E5%AE%B4%E3%80%88%E4%B8%8B%E3%80%89-%E5%89%B5%E5%85%83%E6%8E%A8%E7%90%86%E6%96%87%E5%BA%AB-%E3%83%AD%E3%83%90%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%BBR-%E3%83%9E%E3%82%AD%E3%83%A3%E3%83%A2%E3%83%B3/dp/4488578020/ref=sr_1_2?__mk_ja_JP=%E3%82%AB%E3%82%BF%E3%82%AB%E3%83%8A&dchild=1&keywords=%E6%AD%BB%E9%9C%8A%E3%81%9F%E3%81%A1%E3%81%AE%E5%AE%B4&qid=1623891381&s=books&sr=1-2

『東欧SF傑作集』の上巻の4作目は、ヴィトルド・ゼガルスキの「作家の仕事場で」作家が作品を仕上げると、管理電子頭脳にかけられる。過去に同様のアイデアが使われている場合には出版の許可が出ない。30%の類似でもダメで、たいへん厳しい。主人公は作家で作品を見てもらったら100パーセントの剽窃と判断された。100パーセント剽窃だとされた作中作は、孫と祖父が会話しているのだが、祖父がロボットであることがさきにわかり、祖父のロボットが孫の声が孫のロボットの声であることがわかるというもの。ロボット同士、おしゃべりが好きだということで終わるもの。作中では20世紀の後半に書かれていたという。

 5作目は、アンジェイ・チェホフスキの「《エレクトル》に関する本当の話」地球から23光年離れた惑星の話。25年かけて地球から来たパイロットが到着した惑星は、エレクトロ、すなわちロボットに人間が支配された惑星だった。主人公はその惑星に住むふたりの少年。少年たちはパイロットが宇宙船を見せてくれたときに、宇宙船のなかで送受信機に向かって、「はい、そうであります、隊長どの」というのを聞いて、地球人もエレクトル、すなわちロボットに支配されているのだと思って、パイロットのいるところからしずかに出ていく。うまく逃げられたと思って、ふたりの少年はとても嬉しがった。ふたりの少年が嬉しがったのは、パイロットが地球では、人間が機械を支配しているからだと言っていたことが嘘だと思って、パイロットも地球から来たのではないと思ったからである。ウルトラセブンの話に似たものがあったと思う。人間そっくりのロボットたちに支配されている人間たちがいる惑星の話。気になったので、ググった。「ウルトラセブン 人間がロボットに支配されている」というワードを打ち込んだら出てきた。ウルトラセブン・第43話『第四惑星の悪夢』だった。人間がロボットに支配されている悪夢のような惑星の話だった。

ぼくの全行引用詩について語ってくださっているところ。

http://blog.livedoor.jp/coussinets/archives/51956986.html

 チューブに入ってないか見たら、アップされてて、それを見てた。第四惑星の警察官が、ナチスか北朝鮮の軍人みたいな軍服を着てて、なんだかなあと思った。ネットで調べたら、怪獣ものが予算を食うので、こういう設定の話にしたみたいだ。悪夢というのは言えてる。子どものときに見て、怖かったもの。


二〇二一年六月十八日 「奇妙な関係」


 フィリップ・ホセ・ファーマーの短篇集『奇妙な関係』の1作目は、ひと月まえに読んだ、『世界SF全集 第32巻 短篇集・現代篇』に入っていた「母」だった。強度のマザコン男が主人公。母とともに、宇宙船である惑星に不時着する。生き残りはふたりだけ。母と別れ、そこで土着の生物と出合い、その生物に食べ物を与えてもらい、養ってもらうというもの。主人公の母もべつの同じ土着生物に捕らえられるが、主人公を捕まえていた土着生物が、主人公の母を長い触手で捕まえてきて食べてしまう。主人公は復讐しようとするが途中でやめてしまう。土着生物の身体のなかに捕らえられた状態でも、食べ物はふんだんに与えられるからである。主人公は幸せを感じる。なぜなら、主人公だけは危険もなく、持っていた好きな酒を土着生物に合成もしてもらい、千種類もの好きな音楽も聴けるし、二千冊もの本も読めるし、土着生物の体内は暖かで心地よく、なによりも、土着生物が与えてくれるシチューに似たおいしい食べ物をふんだんに食べることができるからであった。ちなみに、この惑星の名前はボードレール。ボードレールらしさは、この惑星の風景にも、土着生物にも見られないが、詩人のボードレールがマザコン気味なのは、彼の書簡からもうかがえるので、作者は、それにひっかけて、惑星の名前をボードレールにしたのだろう。SFに詩や詩人が関係するとうれしい。

『東欧SF傑作集』の上巻の6作目は、コンラッド・フィヤウコフスキの「セレブロスコープ」大学教授がシリウス星系から持ち帰ったセレブロスコープという機械は、ひとが知っていることと、ただ単に知識を持っていることを識別できるものだった。教授は、単位認定試験にこの機械を使うことにしたのだった。しかし、三人組の学生が、セレブロスコープに対抗できる機械をなんとか作って試験に挑んだ。ひとり目は、セレブロスコープに天才だという結論を出させた。ふたり目はそれ以上の結果を出したうえに、正常にセレブロスコープが働かないようにしてしまった。そこで教授は、これまで通りの試験に戻すことにした。それから、2、3年後、例の三人組が大学を卒業するころになって、教授が新しいセレブロスコープをシリウス星系から持ってくることにしたらしいと三人組の耳に入る。卒業が決まっているので、そんなことは、ぼくらの知ったことじゃないと思う三人組であった。この作品には、詩に関心のないひとの詩人に対する思いが書かれてある。つぎのようなものだ。「簡単に、できるだけわかりやすく思考するように努めたまえ、まあ例えば数学的分析さえ忘れてしまった詩人に問題を説明してやる時のようにだ」/「ええ、しかし、詩人なんて、どう説明したところで、何一つわかりゃしませんよ」/「それはそうだとも。だが、セレブロスコープは結局のところ詩人などでは全くなくて、立派な機械なのだからね。うまく説明してやれば、必ず理解するだろうとも」(コンラッド・フィヤウコフスキ『セレブロスコープ』沼野允義訳、88ページ)詩人なら気になるやりとりだろう。

 フィリップ・ホセ・ファーマーの短篇集『奇妙な関係』の2作目は、「娘」1作目の「母」の続篇だ。ボードレールという惑星の土着生物、1作目の主人公の青年が養われていた生物の子どもの話だ。土着生物は雌で、子どもも雌のみだ。他の動く生命体を雄とする。この「娘」では、特別な動く生命体であった父親、1作目の主人公の話をよく聞いていた娘の話だ。この土着の生物は、いわば巨大なカタツムリのようなもので、雌だけの生き物で、自分の殻のなかは空洞で、他の動く生物を捕らえて、その殻のなかで、受精帯に牙か爪で傷をつけてもらって子どもを孕むというわけ。この土着の生物は殻をつくると動けなくなるので、匂いなどで動く生き物をおびき寄せる。「娘」の主人公は、土着の生き物で、地球人である第1話の主人公の話をよく聞いていたので、他の娘たちよりも賢くて、頑丈な殻をつくることに専念していたので、まだ殻の弱い他の娘たちが動く生き物に殻を破られて肉を食われても、自分は罠を仕掛けて、動く生き物を逆に自分の胃で消化してしまう。


二〇二一年六月十九日 「父」



@0fyxSrAwl2tBd6C 日本文学は古典も近代も、有名なものしか読んでいません。現代文学は1990年以降に書かれたものに関しては、送っていただいたもの以外、読んでいません。翻訳に大いに影響されています。ちなみに、日本でいちばん文章が上手なのは、原 民喜だと思っています。

@0fyxSrAwl2tBd6C 原 民喜の散文は、詩のような流麗さをもっています。青土社から全集が出ています。そこで全文を読みました。ぼくの詩論に原民喜の散文を数多く引用しています。

@0fyxSrAwl2tBd6C 思想的な詩人として、ヴァレリー、ノヴァーリス、リルケはトップレベルでしょうね。

@0fyxSrAwl2tBd6C ぼくの『The Wasteless Land.II』が詩論詩集なのですが、そこに原 民喜の文章を数多く引用しています。

@0fyxSrAwl2tBd6C さいきん読んだものとして、岩波文庫の『ウンガレッティ全詩集』、『クァジーモド全詩集』がよかったです。

@0fyxSrAwl2tBd6C ありがとうございます。宮坂さんのおこころに触れることができましたら幸いです。

@0fyxSrAwl2tBd6C 岩波文庫、詩でがんばっていますよね。そのうち、パウンドも出してくれたらいいと思っています。エリオットが入っているのだから、パウンドもと期待しています。翻訳者は新倉俊一さんで、お願いしたいです。

@0fyxSrAwl2tBd6C ありがとうございます。さいきん全行引用詩を書いていませんが、引用詩は、なにかが降りてこないと書けません。機械的なものなら、いくらでもつくれると思うのですが、それでは、自分的につまらないですしね。なにかが降りてくるのを待っています。

@0fyxSrAwl2tBd6C 断片を段ボール箱に入れて、それらが勝手につながるのを待ちます。構想がさきにある全行引用詩の場合も、だいたい同じです。こういうものをつくろうとして断片を結びつけることもありますが、ほとんどは、断片同士が結びつくまでほっておきます。セロテープで繋げて数十メートルになるものもあります。


 フィリップ・ホセ・ファーマーの短篇集『奇妙な関係』の3作目は、「父」地球から飛び立った宇宙船が不時着した惑星では、動物も植物も1万年のあいだ、進化も退化もしていなかった。また、動物は雌しかいなかった。しかも、動物は死んで骨になっても、その惑星にいた〈父〉によって、ふたたび肉をまとって甦るのだった。地球から来た僧正は彼を神だと思う。途中のページに興味深い言葉があった。「奇跡こそ神の笑いです。」(フィリップ・ホセ・ファーマー『父』大瀧啓裕訳、166ページ)これは考えさせられる言葉である。聖書のなかには、旧約にも、新約にも数多くの奇跡が顕われるが、神の笑いに相当するのは、どの奇跡のことか考えるだけでも興味深い。

「ところで神は創造し、芸術家となる時、恍惚を感じてはいないのか。恍惚とは創造の一部ではないのか。われわれもそれを味わってはいけないのか。しかしもしそうなったら、われわれは自分を神のような存在と思うのではないのか。」(フィリップ・ホセ・ファーマー『父』大瀧啓裕訳、176ー7ページ)

 こんな言葉もあった。物語をつづけよう。巨人である〈父〉は惑星中の動物たちを支配していた。ある日、〈父〉は動物たちに自分を食い殺させて、ふたたび甦った。僧正に敵対する考えをもっていた神父がそれを目撃する。〈父〉は宇宙船に乗りたがったが、閉所恐怖症を起こして宇宙船に乗れなかった。神と名乗った〈父〉はうちひしがれた。そこで〈父〉は強力な電波をもって皆を宇宙船から遠ざけた。僧正は途中で猛獣に引き裂かれて死んだ。〈父〉は僧正の死体をもらいたがったが、神父は断った。甦らせることなく葬ることにしたのだった。皆は宇宙船に乗った。〈父〉は惑星にひとりぼっちで残された。

 この作品には、エズラ・パウンドの詩句を思い起こさせるようなセリフもあって、なかなか楽しませてくれる。「動物たちは異常なことが起こっているのを知っているのです。森全体が目覚めている」(フィリップ・ホセ・ファーマー『父』大瀧啓裕訳、181ページ)「森全体が目覚めている」というのだ。

 エズラ・パウンドの詩集を3冊、本棚から出して、「森全体が目覚めている」に似た詩句を探した。『大祓』、『仮面』、『消えた微光』のページを繰ってみたのだが、見つからない。記憶違いか、ぼくの探し方が粗かったからかもしれない。しかし、ひさしぶりに書肆山田の詩集を開いて読んだ。楽しかった。

あった。似てないけど、ぼくはつぎの詩句を思い起こしていたのだ。

時経ても変わらないあこがれを語るこの身ですら、
驚き、いぶかしみ、そして、わからぬながらに、
このトネリコの森で目をこらしているのだ。

(エズラ・パウンド『サンダルフォン』小野正和・岩原康夫訳、詩集『仮面』41ページ)

 ファーマーの言葉に近かったのは、たしか、とねりこの木の詩だったと思っていたのだ。そして、パウンドのに、「とねりこの木」という詩があって、さいごの2行がつぎのようなものだったんだけど、ああ、違うなと思って探し直したのだった。

ただわし独りだけで
このとねりこの木々の中にいるからだ。

(エズラ・パウンド『とねりこの木』小野正和・岩原康夫訳、詩集『消えた微光』19ページ)


二〇二一年六月二十日 「息子」


 フィリップ・ホセ・ファーマーの『奇妙な関係』、やっぱりおもしろいわ。『東欧SF傑作集』の上巻と交互に読もうと思って、きのうまで、そうしてたんだけど、フィリップ・ホセ・ファーマーのほうを先に読みすましちまおうと思う。読むのがやめられないというのは、ここさいきんには、なかったことだ。

 フィリップ・ホセ・ファーマーの短篇集『奇妙な関係』の4作目は、「息子」妻と別れたばかりの主人公は母が待つカリフォルニアに向かって船で航行していた。ある夜、敵国の潜水艦に攻撃されて船は難破し、自分は潜水艦に吸い込まれた。潜水艦は完全自動のロボットだった。潜水艦が故障したので直すよう主人公に頼む。主人公は潜水艦を騙して無事本国に戻る。

 この作品には、考えさせられるつぎのような言葉があった。「被造物と創造者にどんなちがいがあるというのか。」(フィリップ・ホセ・ファーマー『息子』大瀧啓裕訳、202ページ)

 フィリップ・ホセ・ファーマーの短篇集『奇妙な関係』のさいごの5作目は、「妹の兄」火星に到着した探検隊員は5人だった。はじめに2人がトラクターで出かけて行方不明になり、そのあと、もう2人が別のトラクターで後を追ったのだが、その彼らも行方不明になった。最後に残った1人も、4人の跡を追う。この5人目の男が主人公。主人公は、跡を絶った場所で、異星人に出合う。異星人は火星人ではなかった。遠い惑星からやってきた異星人の生き残りだった。主人公は、異星人を地球に連れて行こうとするが、異星人の仲間たちが火星に戻ってきて、逆に主人公を異星に連れて行こうとする。女性である1人だった異星人は、主人公を兄のように思っていたという。ふたりのあいだには長いあいだのやりとりがあったからである。ちなみに、この作品にも印象的な言葉があった。引用しておこう。「羞恥心をおぼえるものを何ひとつ持っていないことが恥ずべきことだった。(フィリップ・ホセ・フォーマー『妹の兄』大瀧啓裕訳、260ページ)「わたしが食べる神のものはわたしになる。あなたが食べるわたしのものはあなたになる。わたしが食べるあなたのものはわたしになる。そして三者がひとつになる。」(フィリップ・ホセ・フォーマー『妹の兄』大瀧啓裕訳、261ページ)最後の晩餐で、パンと葡萄酒をもってイエスが弟子たちに語った言葉を髣髴とさせる言葉である。

 フィリップ・ホセ・ファーマーの短篇集『奇妙な関係』、Amazon のネット古書店で買い直してよかった。再読したけれど、どの短篇もおもしろかった。なんで手放したのかは、カヴァーが好みでなかったためであろう。もう手放さないつもりだ。いつかまた、読み直すときがくるかもしれないからである。

 あしたは精神科医院に行く日。毎日のように下痢なので、下痢止めも処方してもらおう。


二〇二一年六月二十一日 「あちらの世界」


 東欧SF傑作集』の上巻の7作目は、アダム・ヴィシニェフスキ=スネルグの「あちらの世界」一秒対3時間の時間の比で移動する主人公。まわりの世界は止まったように見える。自分が動くのは、まるで水銀のなかを動くような粘性の強い物質のなかを動く感じがする。光線銃を持った新兵がいたが、もとのところに戻ると消えていた。

 8作目は、カリンティ・フリジェシュの「時代の子」タイムマシンで1487年2月8日に行った男の話。トルコとの戦争準備をしているハンガリーの王に謁見して、戦争に使える自動機関銃や飛行機などの説明をするのだが、主人公は造り方を知らなかった。王は、タイムトラベラーを吊るすように命じた。


二〇二一年六月二十二日 「石」


 9作目は、チェルナイ・ゾルターンの「石」医師が主人公。医師のもとに友人の物理学者が診てくれといってやってきた。診ると腎臓に石が溜まっていた。医師が学会でロンドンにその石をもっていくと税関でひっかかった。ダイアモンドだったのだ。警察がきた。医師は2、3時間後に心筋梗塞で亡くなった。腎臓結石の石がなぜダイアモンドだったのかは、物理学者が勤めていた研究所が原子核研究所で、サイクロトンで働いていたためだと医師は考えていたようだ。医師と物理学者は友人で、物理学者の妻は美人で、ふたりはライヴァル同士でもあった。医師は夫人連れでロンドンの学会に出席するつもりであった。医師が心筋梗塞で亡くなったのは、自分が手術で取り出したのがダイアモンドで、それが医学上の珍品でサイクロトンのせいだということをロンドンで開かれる学会で発表するためであったのだが、税関で取り押さえられて警官に鼻先にそれを突き出されて密輸かなにかだとされて、びっくりしたためであった。

 10作目は、ヘルナーディ・ジューラの「ガリバー二世」73歳の誕生日を二週間後に迎えるはずだった大学教授が主人公。午前3時半に目が覚めると、水を浴び、机に向かって坐った。突然の肋間神経痛。すぐにやんだ。第五次元からやってきた者と会話をする。第五次元の者の食べ物は人間の情報だという。教授はなぜ自分のところに訪れたのかと第五次元の者に訊いた。すると、あなたでふたり目だという返事が返ってきた。ひとり目はジョナサン・スウィストだったという。あなたはすばらしいご馳走になりますと言われた。教授は発病し、クリニックに入院し、予定していた公演も中止になった。


二〇二一年六月二十三日 「第三世代」


 11作目は、ケメーニ・デジューの「第三世代」〈グレート・リング〉で名前を捨てた男が、地球へ行きたいとロボットに訴える。何ができるかと訊かれて、まともなことは何もできないと言う。ロボットは困り果てる。それでも人間なので、地球行きは認められる。

 12作目は、チェルナ・イョジェフの「脳移植」大統領が交通事故で医院に運ばれてきた。反体制側の人間である医師は、反体制側の部下の教授の脳と大統領の脳を交換する。手術は成功した。反逆が起こり、教授も、大統領の身体をした部下も殺される。

 13作目は、ジミトル・ペーエフの「マホメットの毛」マホメットの毛だと伝えられていたものは、じつは宇宙人が残した記憶だった。一本の糸に残された記憶は十万年ほどのむかしの記憶で、宇宙人がただひとりで地球に残っていたことがわかった。

 14作目は、ストイル・ストイロフの「裁判」時空を超える宇宙船に乗っている船長が、任務中に部下を殺した。ちゃんとした理由があってのことだ。裁判になり、船長の部下たちにも発言権があった。みな船長を指示した。裁判は地球にいる臆病な人間たちが仕掛けたものだというわけである。短い作品だ。


二〇二一年六月二十四日 「夜の冒険」


 15作目は、ワシール・ライコフの「夜の冒険」宇宙人に一定期間捕らわれていたという夫婦がいて、捕まっていたことを他人に言うと、連れ去られるという。その夫婦の話をうのみにした政府は金を与えて遠くへ逃げろという。夫婦は芝居をしていたといって喜ぶが、じっさい誘拐されたのではないかと疑う。

 16作目は、パーヴェル・ヴェジノフの「ある秋の日に……」友人が肺を病んで死にかかっていた。主人公は病院を出て、不思議な老人を車で拾う。老人はふつうの人間ではなかった。主人公は、友人の病気を治してくれるように老人に頼む。翌日、病気だった主人公の友人の肺がすっかりよくなっていた。


二〇二一年六月二十五日 「金剛石の煙」


 17作目は、アントン・ドネフの「金剛石の煙」ホームズとワトソンの子孫が事件を解決する話。ロボット同士が相思相愛になって困った客がいて、ふたりのところに相談にくる。ところが、相談者のほうがロボットで、人間の客のほうを殺して、アリバイづくりのために、ふたりのところにきたことがわかる。

 さいごに、この『東欧SF傑作集』の概容が書かれてあった。短篇2つ分くらいの長さのものだ。上巻は、「革命前」、下巻は「革命後」のSFを扱っているらしい。そして、ソビエトの影響よりアメリカの影響のほうが強かったという。書誌的なデータがたくさん載っていた。


二〇二一年六月二十六日 「東欧SF傑作集』の下巻」


 きょうから寝るまえの読書は、『東欧SF傑作集』の下巻の再読だ。上巻の再読はよかった。おもしろい作品が多かった。これはどうかな。
https://pic.twitter.com/9SEKK8VEaA

 2016年に買う予定だった、バリントン・J・ベイリーの短篇集『ゴッド・ガン』を、Amazonで、新刊本で買った。古書でもよかったのだけれど、送料込みで1100円だったので、新刊本にした。

https://www.amazon.co.jp/gp/product/4150121044/ref=ppx_yo_dt_b_asin_title_o00_s00?ie=UTF8&psc=1

 現代中国SFアンソロジーの『折りたたみ北京』も持ってなかったので、Amazon で新刊本を買った。こちらも、送料込みで1100円だった。

https://www.amazon.co.jp/%E6%8A%98%E3%82%8A%E3%81%9F%E3%81%9F%E3%81%BF%E5%8C%97%E4%BA%AC-%E7%8F%BE%E4%BB%A3%E4%B8%AD%E5%9B%BDSF%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%82%BD%E3%83%AD%E3%82%B8%E3%83%BC-%E3%83%8F%E3%83%A4%E3%82%AB%E3%83%AF%E6%96%87%E5%BA%ABSF-%E3%82%B1%E3%83%B3-%E3%83%AA%E3%83%A5%E3%82%A6/dp/4150122539/ref=sr_1_1?__mk_ja_JP=%E3%82%AB%E3%82%BF%E3%82%AB%E3%83%8A&dchild=1&keywords=%E6%8A%98%E3%82%8A%E3%81%9F%E3%81%9F%E3%81%BF%E5%8C%97%E4%BA%AC+%E6%96%87%E5%BA%AB&qid=1624507380&sr=8-1


二〇二一年六月二十七日 「ターザンの死」


『東欧SF傑作集』の下巻の1作目は、ヨゼフ・ネスヴァードバの「ターザンの死」人類学者の主人公は、サーカスで飼われている猿が、じつは人間であることを見抜いていた。猿は、人間であった。彼は幼いときにジャングルに置き去りにされたターザンであった。さいごにターザンは檻に縄をかけて首を吊って自殺した。

 2作目は、ワツラフ・カイドシの「ドラゴン」騎士のひとりがドラゴン退治に向かう。2匹のドラゴンが洞窟の入り口で死んでいた。3匹目のドラゴンに襲われかけたところ閃光が。宇宙人が過去の地球でドラゴンを捕獲していた。2匹のドラゴン捕獲に失敗し、3匹目は回収した。騎士は無事であった。宇宙人の捕獲機械は時空間を超えていたのだった。騎士は死んでいたドラゴンの首を切り取って騎士団長のところに行った。騎士は讃えられた。

 3作目は、ヨゼフ・タルロの「気力を失った瞬間」ロケットをひとりで操縦していた主人公がロケットの外に出てドアにロックがかかって中に入ることができなくなった。着陸した惑星の森の中に城があり、入ると、薬をのんで気を失う。目が覚めると、醜い連中に囲まれていた。連中に助けられたのだった。

 4作目は、カレル・チャペックの「移民局」過去の時代に行けるタイムマシンをつくることが求められているという話。アイデアだけで、それを実現できる機械をつくってもらうだけという、とぼけた作品。


二〇二一年六月二十八日 「システム」


 5作目は、カレル・チャペックの「システム」労働争議など起こしそうにない知能の低い人間たちを集めて、工業や農業を行っていたのだが、ある夜、ひとりの女性の美しさに目覚めた労働者がいて、それが伝染して暴動が起こり、工場や農場の持ち主の妻や子どもたちを殺したうえに工場や農場を焼き払った。

 6作目は、ミロスラフ・イサコーヴィチの「消失」実験が行われた。実験を行った博士一家は姿を消していた。メッセージが出された。メッセージを受け取ったものもメッセージを伝達した。人類が滅亡するという決定が下っているのかもしれない。これは、作品としてはつまらない、くだらないものだった。

 7作目は、カールハインツ・シュタインミュラーの「金星最後の日」遠隔操作型のロボットを操縦している男が主人公。金星に地震が起こり、危険なバクテリアが研究所に残っていた。他のロボットといっしょにそれを安全な容器に詰めた。これが最後の務めだと思っていた主人公だったが、そうならなかった。というのも、火星に行ってたはずの恋人が金星の遠隔操作型のロボットのなかにいたことがあとでわかったからである。彼は地球には戻ろうとは思わなかった。金星は、彼が立ち去るのを許しはしないのだった。この作品はとてもおもしろかった。


二〇二一年六月二十九日 「時空への脱走」


 8作目は、アドリアン・ロゴズの「時空への脱走」空間と時間の等価関係を数式で発見した男がいた。彼は研究所から狙われていたので砂漠を車で走った。飲み水も食べ物もなくなったところで、54世紀の人間と出合い、彼に助けてもらう。そのうえ、タイム・マシンまで譲り受けて、27世紀に行った。

 9作目は、ホリア・アラーマの「アイクサよ永遠なれ」186ページから322ページまである中篇である。貴重な鉱物資源を豊富に持った惑星アイクサにロケットが到着した。二台目のロケットである。なぜか。一台目のロケットに生き残りがひとりだけいた。二台目の8人いた乗員がひとりずつ姿を消す。なぜか。アイクサは一種類の植物、樹木だけが群生して生きている生物だった。アイクサにやってくる生物は鉱物資源を採るために植物を焼き払う。それに対抗するために、アイクサではやってきた地球人に擬態した者をつくり出し、それを用いて対処していたのだった。

 さいごに収められたエッセイ「東欧SFの系譜」これも短篇1つ分はある、詳しいものだった。

 現代中国SFアンソロジー『折りたたみ北京』が到着した。きょうから寝るまえの読書は、これにしよう。 https://pic.twitter.com/70KonpIye6


二〇二一年六月三十日 「ゴッド・ガン」


 バリントン・J・ベイリーの短篇集『ゴッド・ガン』が到着した。新刊本なのに、カヴァーに傷があって、ちょっとげんなりしたけど、もっとひどい状態の新刊本もあるかもしれないなと思った。今回は、返品しないでおくレベルかな。ぎりぎり。 https://pic.twitter.com/pmGkfveds1

 やっぱり返品することにした。さっそく、セブンイレブンに行ってきた。ヤマト運輸で着払いで、返品してきた。帰ってきてから、Amazon で、ネット古書店で、255円で買った。送料250円だから、合計で505円。新刊本の約半額だ。多少の傷みは仕方がないとあきらめられる金額だ。


二〇二一年六月三十一日 「幽体離脱」


 けさ幽体離脱を四、五回した。連続した地域でだ。肉まん工場とタバコをつくっているところだ。ひとりの青年がぼくの部屋にきてから案内してくれた。女の子に「牛だね」と言われた。ぼくの小学校時代のあだ名だ。タバコをつくっている場所ではバラバラの死体がごろごろしていた。さいごに部屋に戻った。生きている者も多かったが、死んでいる者も多かった。みんな若者たちだ。未来の日本かもしれない。北朝鮮かナチスのような軍服を着た者たちが道路で若者と言い争いをしていたみたいだ。部屋に戻るとパソコンを壊していたみたいだったので、さっと起きてパソコンのあるところをぱっと見た。無事だった。

アンニュイな一日だった。





自由詩 詩の日めくり 二〇二一年六月一日─三十一日 Copyright 田中宏輔 2022-08-15 00:08:25縦
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