戦争と戦争ごっこの話
ホロウ・シカエルボク


まだ明けぬ夜のことなど延々書き連ねたところで仕方がないのだ、日向のことを、簡潔な希望のようなものを綴らなければ誰もそれを読んでみようなどと思うはずがないと、誰に言うともなくひとりの若い男が初めての朗読会のように話していた、酒が入って気が大きくなっているらしかった、物書きたちのちょっとした集まりでのことだった、周囲の人間は彼の言葉にそれほど興味を抱いているようには見えなかったが、それでも彼は手応えを感じているらしかった、そして、それまで話していたようなことをこんこんと話し合える相手を探していた、俺はそいつからはかなり遠いところに居て、我関せずという気持ちを全身で表しながらひとりで飲んでいたのだが、どういうわけかそいつは俺を見つけると真直ぐに近付いてきた、にやにや笑っていた、俺も同じ顔を返した、にやにや笑うことなら得意だ、楽しませてくれるのかなと一瞬期待したが、それまで話していた内容から察するにどうも無理そうだった、「あんた確か書いてる人だよね、どっかの店で朗読してるの、見たことあるよ」、それはどうも、と俺は礼を返した、なるほど、見覚えがあったから寄って来たわけか、「暗いのばっかり書いてるよね?血がどうのとか、宿命がどうのとか、時代錯誤な感じのさ」、性分だからね、と俺は答える、若い男は畳みかけてくる、「だからさ、あんたみたいなのがいつまでも書いてるから駄目なんだよ、詩ってものに悪いイメージがついちまう」、変なことを言うね、と俺は返した、「詩なんてそもそもマイナーなものだぜ、自分の為に、自分が書くべきだと思ったことを納得するまで書くべきさ、だからこそ盛り上がりはしないが現代社会でも一定の人数が書いてるんだ」、男が俺を敵だと認識したことがわかった、「だけどさ、そんなの誰が読みたがるんだ?あんたが、自分の為に自分が書くべきものを書いた詩を、読みたいと思うやつがどれだけ居ると思うんだい?そんなの無駄じゃないのかい?」、俺は肩をすくめた、このテのやつは必ず数字で真実を語りたがる、「多いか少ないかは知らんが、俺が書いたものに感想をつけてくれたり、好きだと言ってくれたりする人間は毎年必ず居るよ、もう何十年かは書いてるけど、毎年、必ずね、だから、読みたがるやつが居るかどうかってことなら、居るんだろうな」俺は男を見た、少し顔が赤くなっていた、「たいした数じゃないだろ」「見知らぬ人間が自分の詩を読んで、声をかけてくれるなんてことがどれだけあると思ってんだ?そんなの普通、滅多にあることじゃないんだぜ、特に、俺みたいな書き手にとってはね、俺はそんな有名じゃないし、一般的な書き手じゃないからね」男はなにか言いかけたが俺は言葉を続けた、「ところでさ、あんたはなにか書いてる人なのかい?それともいわゆるロム専ってやつか?」書いてる、と男は吐き捨てるように答えた、「でも今は休んでる、ひとつステップを上るためにね」休んでちゃ上れないだろうに、と俺は思いながら名前を聞いた、覚えがあった、「たまーに、数行くらいのやつを書いてるな、雑談の方がずっと長い、思い出したよ」、男はすっかり赤くなった、「短い詩のなにが悪いんだ、あんたみたいにだらだら書けばいいってもんじゃないんだよ」、近くに居た数人が男の大声を訝ってこっちを見た、俺はにっこりと笑って頷いた、それでどうやら大丈夫だと思ってくれたらしかった、「誰も悪いなんて言ってないじゃないか、コンプレックスでもあるのか?でも、個人的な感想を言うとしたら、短いのにしても長いのにしても、もう少し書いてみるべきだと思うね、詩とはなんぞや、みたいな話をあれだけ書いてる暇があるのならね」俺は少しからかうような感じでそうアドバイスを送った、男はなにか言い返そうと躍起になったが、なにも思いつくことが出来ず無言で去って行った、やれやれ、俺は首を横に振った、たまに、ちょっとした集まりに顔を出してみれば、こんな目に遭う、グラスを返して外に出ることにした、ひとりで書けないならそれは詩じゃない、誰かに闘ってるさまを見て欲しいならそれは詩じゃない、店を出ると雨が降っていた、機銃掃射のような雨粒がアスファルトに風穴を空けようと躍起になっていた、雨が降るなんて夕方のニュースじゃ言ってなかった、俺はため息をついて上着を頭上に広げ、弾幕の中へと駆け出した、家に帰るころには明け方になるだろう、それでもシャワーだけは浴びようと心に決めていた。



自由詩 戦争と戦争ごっこの話 Copyright ホロウ・シカエルボク 2022-07-04 22:58:50
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