海に暑いので出かけた
番田 


土曜日は海に行ってきた。借り直していたDVDの吸い出し作業がままならないままだったが、僕はでかけた。千葉の某所にあるそのビーチは初めてで、駅前はサーフボードで所々が装飾されたデザインだったので、少しだけどこか、奇妙な場所だと感じた。僕は最寄り駅に着くといつもそうしているようにして、ネットで検索した食堂に入った。入り口のところでは若者の正体不明の集団がワイワイと飯を食べていた。暑い土曜日のお昼時、酒も入っていたかもしれない。入った瞬間に彼らの箸の動きが、一瞬止まったようにも見えたが、奥の席でご飯を注文した。天ぷらと刺し身の定食は、てんやと比較してみても、明らかに野菜の鮮度が都内のものとは違っていた。その、揚げ方も、チェーン店のように機械的な感じはしなかった。繊細で、素朴な味だった。千円と、味の割には安く、都内では同じ値段では食べられないだろう。僕は店を出た。今でも食感を、たしかに、脳裏に食べている時と同じように思い出すことができる。ドアを締めたとき、その集団の肌を露出していた女の姿が目に入った。そして、彼らはどこから来て、どこへ行くだろうかと思った。地元の人間ではなかったのだろう…、時々存在する、おいしいものを食べ歩くということだけで、男女関係を超越してここまで意気投合できる人たちの存在する不思議さ。少なくとも学生の頃の同じクラスにはいなかった気がする。


僕の学生の頃といえば…、編入試験に失敗した僕には仲間からかけられるような言葉もなく、まだ雪のちらつく3月の道を自転車でアパートに帰ったことを思い出すことぐらい。でも、僕はあまり悲しくはなかった。そして、荷物を赤帽に頼んで、それを積んだトラックに乗せてもらって、実家に帰ったのだった。若かったからなのかもしれない、次へと失敗がつながるであろうと思う何か根拠のない希望があった。そして僕は海と続く一本道を歩いていた。今の僕の希望は、この先が海であるということを知っていることぐらいだった。家に帰れば、明日の天気や、スーパーの特売を思うことぐらいだった。そしてアマゾンプライムの有効期限を。僕は誰もいない海で全裸になり、海パンを履いて中に入った。地上の気温とは裏腹に、海は、でも、冷たすぎた。うねりもひどく、ボードでもないことには、楽しめそうにない冷たさ。青い唇になった僕は消波ブロックの上から、男女のカップルが波に乗る様子を見ていた。女の方はピンクで、男は黄色のボードだった。フナムシが、その、隙間からいくつも現れては消えていた。


散文(批評随筆小説等) 海に暑いので出かけた Copyright 番田  2022-07-04 00:53:34
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